第六十六話






体裁を保つための集まりというのは、皆が皆心地よいものではない。嫌々堅苦しいドレスコードに見合った服装をしなければならない煩わしさも、楽しみがあるから我慢ができる。小太りの小さな男はニヤリと笑い、自分の部屋のドアを閉めた。
ホテルの地下にあるパーティー会場から、エレベーターで少しした部屋の中には、薄いドレスを纏った金髪の外人の女が立っている。自分の部屋に入って少しキョロキョロと見回したあと、こちらを見てにこりと笑った。
すらりと伸びた足には膝下までの小さなスリットが入っており、ふっくらとした胸元を覆い隠し、デコルテ部分だけが露出している。そこもきらきらと輝くようなきめ細やかな白い肌が覗いており、男が小さく笑う。
女はまだ若く、かわいらしい顔をしている。二十代と言っていたが、もしそれが本当ならばもっと若く見える。
「あまり人が多い所は苦手でね」
「私もです」
嘘ではなかった。それよりも部屋でゆっくりと、綺麗な女と過ごす方が何倍もよかった。大きな瞳、甘えるように垂れた目尻、薄い唇、小さな鼻、美しい髪の毛。
少しハスキーな声だが、その声も深くいい声だった。
部屋にあるコップを取り出した時、数回のノックが響いた。そして言葉を発する前にドアは開かれた。そこにはスーツ姿の強面の男が中を見て、大して動揺もせずに言った。
「あぁ、まだだったのか、すまないミスター」
バタン、とドアが閉じられた。男は顔を引き攣らせながらも女に向き合い、睡眠薬を入れた水を差し出した。
「すまない、おそらくSPの誰かだろう。部屋を勘違いしていたみたいだ」
「……え、えぇ……」
少し顔を引き攣らせながら笑みを浮かべる女に、男は違和感を覚えた。先ほどの男も、SPと自分は言ったが、あんな奴がいたのかどうか記憶にない。部下の顔を一々覚えるような人間ではないし、SPなんてほぼ意識の外にある。あんな男いただろうか。だが、いたかどうかは問題ではない。
女がコップに口をつけたのを見て目を細めた。今のこの時間を潰される方が問題なのだ。
「ところで、ここは貴方のお部屋ですか?」
「あぁ」
「なら、手荷物も全てここに?」
「あぁ、そうだが……」
何かを確かめるような口調に、男は眉間に皴を寄せた。そしてすぐにハッとし、女から距離を取った。だが、女は飲んでもいないコップを投げ捨て、男の横顔を蹴り飛ばした。
「ガッ」
ベッドに一人ダイブした男を他所に、女は堂々とした様子で近くのクローゼットに近づき、扉を開けて中を物色し始めた。
「き、貴様、よくも、こんな……!!」
予期せぬ衝撃に頭を抑えながらそう言うが、女はこちらを見向きもせず、鬱陶しそうに言った。
「まぁまぁ、ピリピリすんなよオッサン。ちょっと探し物するだけだから」
投げやりな、深みのあるハスキーボイスに男は奥歯を噛みしめた。あの薄い背中など、自分が殴り掛かれば一発だ。そう思うが、男は枕元に手を突っ込みその場から動かない。
用意しておいてよかったと思いながら、拳銃を掴み女へ向けた。
「おい! 汚い手で触るなよ雌猫が!」
ぴたり、と動きを止め、女はゆっくりと冷たい目をして後ろを振り返った。
いい反応だと男が笑う。銃口の冷たさにはその視線も屈服し、すぐに恐怖に塗り替わるだろう。
「そう、大人しくしていろ……何が目的だ。そして、お前の雇主は誰か、ゆっくり話してもらおうか……」
両者の間に冷たい沈黙が落ちた。そんな時にまたドアがノックされた。
「入って来い!」
男が怒鳴るように言うと、今度は言葉を待ってゆっくりとドアが開かれた。先ほど間違えて入って来た男だった。やはり、再度見てもその顔に見覚えはないが、何か異変があればすぐに駆けつけてくるように、SPを隣の部屋で待機させていた。
SPがゆっくりと入って来た。そして女へ視線を向け、ゆっくりと無言で胸ポケットに手を入れ、拳銃を取り出した。
「その女を捕まえろ。聞きたいことがある」
ちらり、と女がSPを見た。こくりと頷いたSPは女へ拳銃を向けた。
だが、その銃口は頭へ向けられることはなく、そのまま女の顔を通過してそのまま男の方へ銃口が向けられる。
女の肩に腕を置いて、ベッドの上にいる男の手を拳銃で撃った。薬指に命中したらしく、弾かれた拳銃よりも痛みに暴れ回りはじめた。
女はふん、と鼻で笑った後、面倒くさそうに首をゴキゴキと鳴らした後、SPの男を睨み上げた。
「ったく、気が早ぇんだよ、テメェは」
「すまない。まだだとは思っていなかったんだ、ミスター」
「そっちは簡単だったんだろ。俺だって時間が必要なんだよ。ったく、短気が絡むとこうだ。碌な事に……って、うるせぇなテメェは!」
ガンッ、と近くの椅子を蹴りあげ、のたうち回る男に罵声を浴びせかける。
そんな屈辱的な事にも男は意に返さず、薬指を押さえ涎を垂らしながらベッドの上で、陸地に上げられた魚のように暴れている。
SPの男が女へ尋ねた。
「それで、USBは?」
「あー、さっき見つけた。ったく、丁度いいったらねぇよ。さすが俺だって感じだな」
「貴様ら……! ふざけるな! 絶対に、絶対に許さんぞ! SPに潜入してまで……!」
「残念だが、私は雇われていない。貴方が雇ったSPたちは、全員気絶させてもらった。」
SP、もといスーツの強面の男、櫃本臙脂はくいっ、と親指で隣の部屋を指し示す。思考が錆びついたようだ。痛みに、情報に、何に驚き叫べばいいのか分からない。
男が混乱の最中にいる中、女はUSBを手で弄んだ後、臙脂のスーツのポケットに入れた後ベッドに近づいた。
ヒールを脱いでベッドに膝をついて乗る女に、男は警戒を露わに見据えるしかない。
臙脂は胸ポケットから折りたたんである紙を取り出した。それを広げて目を落としたまま口を開く。
「篠崎中也、貴方が殺される理由は、友人である中田仁に大きな貸し、そして許せない一言の為だ」
チッ、と女が舌打ちした。わざわざ殺される理由を、これから殺す相手に言う時間が惜しい。だが、これを中断すると面倒なことになる。櫃本臙脂の殺しの流儀に従わねばならない。女は臙脂の言葉が終わるのを待った。
「は……? な、中田が……? な、なぜだ……?」
「昔貸したファミコンカセット二つと、五年前に貸した五千万。いつ返してくれるのかと激高していた。五千万はついでの理由だそうで、カセットの方が彼にとっては殺意の全てらしい。そんな中、貴方の先日の『男は借金なんてしねぇよ。男が男に何かを貸す時、それは相手にプレゼントをするのとかわらんからな。気にするな』と、言って知人に鼻高々に金を貸している現場を見て、こうして依頼された」
「めんどくせぇ事してんなよ、サモラフ。一々知らせる必要なんてねぇっつの」
口上が終わり、やっと仕事ができると、女がベッドの上の男の顎を殴りあげ、そのままベッドに横たわらせた。
そしてスカートの裾を持ち上げ、男の顔の上に跨った。
臙脂はそれを見て、顔を背け目を閉じた。見るに堪えない光景だからではなく、単なる防衛だった。
スカートの中、女の膝の内側にきらりと光るものがあった。薄いスカート生地のおかげでそれが何なのか分からないが、存在を知ることが出来た。
だが、その光るものよりも、男は顔を真上に上げたまま、だらだらと汗を流していた。
「悪いな、同じモンついててよ」
そう女が言った後、カッ、と、スカートの中が一瞬光った。薄いスカートから爆発するような光の強さは、目を閉じていても臙脂には分かった。
そしてゆっくりと目を開けると、女はすでに男の傍から飛びのいていた。
大きな音に俊敏に反応する猫のように、光ったあとすぐに後ろに飛んで避けたのだ。
横たわった男の首から上が無くなっていた。ぶしゃっ! と、赤い噴水が沸きだした。どくどくとペットボトルを横にしたようにあふれ出し、清潔な白いシーツを真っ赤に染めていく。
男の頭部は何処にもない。ベッドの上にも、下にも、女のスカートの間にもない。この部屋から、この場所から消え失せていた。
「行こうぜ。それとも、脈が止まっているか確認するか? お経でも唱えるか? 俺はもう帰るけどな」
もう用は済んだ。これ以上無駄な事をして時間を潰したくないと、女が皮肉気に言いながら、大股で部屋を出た。臙脂もその後について行った。
別の部屋でカジュアルな服装に着替えた女と共に、二人はホテルから堂々と出て行く。
男物の靴を履いた女は、髪飾りを引っ張り髪の毛を解いた。顔を振って乱暴に髪の毛を後ろへ流した後、大きな欠伸をした。
「あー、全く、クソみてぇな仕事だ」
「じゃあ何故するんだ」
「俺がしねぇと他の奴がする羽目になるだろ。オペラにやらせろってか? 死んでもごめんだな。俺の方がうまいしな」
臙脂は胸ポケットから、仲間に連絡しようと携帯を取り出した。
「……ん? おい、サモラフ、お前なんだそれ。プリクラか?」
「あぁ、娘と友人だ」
「ぶはっ! あっはははは! そういうタイプかよアンタ! いや、タイプとかそういう問題じゃねぇぜ。危ねぇだろお前それ! 娘に危険が、とか思わねーのか?」
「そうだな」
「なーんでそういう所はぬるいんだよ。意味分かんねぇ」
一気に笑った後、女は眉根を寄せて呟く。臙脂は携帯についたプリクラを見て小さく笑った。それを見て女も鼻で笑った。
「にしても、アンタの子供意外と普通なんだな。もしかしたら、殺し屋になる! とか言ってそうなイメージあったけど」
こんな堅物な殺し屋に、普通の女子高生に育つとは意外だ。
「いや……よく言っているよ」
「へぇ……じゃあ、馬鹿か欲張りって事か」
「その通りだ、ミスター」
携帯にプリクラをつけるほどかわいがっている娘を馬鹿にされても、臙脂は怒らず心の底から肯定した。
プリクラに写っている娘は、友人に挟まれて遠慮がちにピースをしている。殺し屋になりたいなど、言っているようには見えない。放課後、友人と色々な寄り道をして帰ってくるようになったのはいつからだろう。
飾り気も何もなかった鞄には、ナイフを入れるだけのあの鞄に、いつからかわいらしい友達とお揃いのキーホルダーがつくようになったのだろう。
筆箱の中も、簡素なボールペンとシャープペンばかりだったのに、いつの間にか友人からプレゼントされたファンシーなものに変わっていった。
そう、変わっている。娘の成長だ。小さなころから殺し屋になりたいと無邪気に笑って、殺伐とした生活を送って来た娘が、また新たな岐路に立っている。
「……分かれ道だ」
「ああ、こっちだろ?」
Y字の道の真ん中で立ち止まり、呟くと、女はすたすたと歩いていく。
街灯のない道と、街灯がある道だ。女の歩いていく、真っ暗な道に臙脂も続いていく。
今、娘はあの場所で立ち止まっている。どちらも歩いていけると盲目になって信じ切っている。
だが、行くべき道は一本だ。臙脂が歩む暗闇か、街灯が足元を照らす道か。
平行に並んで伸びている道は、絶対に交わる事はない。一歩その道に足を踏み入れれば、もう後戻りはできない。足は二本、身体は一つ。それなのに、どうして二つの道を歩いていけると思えるのか。
「サモラフ、店はちゃんと押さえてんだろうな」
「ああ、もちろんだ……今、店に入っているらしい」
「そうか、なら急がねぇとな。あの筋肉達磨に負けるのだきゃあ許せねぇ」


夜の裏路地の隙間にある、趣のある建物の引き戸を開けると、中にはカウンター席以外誰も座っていなかった。
テーブル席は三つあり、それぞれ四人が座れるようになっていたが、がらんと静かだ。だが、客のいないわびしさは何処にもなく、祭りの後のような人の気配を僅かに感じることが出来た。閉店後であるが、今は特別にカウンターの中には職人が寿司を握って限られた人数相手に営業している。
「いらっしゃい」
板前が顔をあげて客人の顔を確認する。臙脂が軽く手を上げると、板前の口元が僅かに弧を描いた。この店は臙脂が贔屓にしている店だった。
「おう、遅かったアルなシャトルーズ。お前、一番ドベアル」
ニヤニヤと、寿司を頬張りながらシャトルーズを指差し言った。臙脂の後に入って来たシャトルーズは思い切り眉を顰めた。
「煩ぇ! テメェ、こっちは仕事終わりだっつの」
「あー、寿司めっちゃうまいアル。お前みたいな馬鹿舌にはもったいないアルぜ」
「ハンッ! 病院食ばっかり食ってたお前に寿司の良さが分かんのかよ。なぁ、サモラフ」
「ああ、そうだな」
「おいおい、呆れられてるアルぜお前、ププッ! 恥ずかしい奴だアル!」
「テメェから言ってきたんだろーが!」
「遅くなってすまない」
ギャアギャアと騒ぐ筋肉質の黒人と、口汚く罵る美少女を横目に、サモラフこと櫃本臙脂は、先に座っていたミッド・ナイトが隣を促したので、カウンターの開いているその席に腰掛けた。
丁度カウンター席は五席あり、丁度五人の客は全員腰掛ける事が出来た。
「ゲッ、お前の隣かよ。おい、サモラフかわってくれよ」
「先着順です。二人とも静かに食べてください」
いい加減にしろと、慇懃な声音と言葉から滲ませる有無を言わせぬ雰囲気に、シャトルーズも渋々、喧嘩をしているシャンパンの隣に腰を下ろした。
一番玄関に近い方から店の奥に並んでいる席は、シャトルーズ、シャンパン、櫃本臙脂、ミッド・ナイト、オペラの順に並んでいる。
「口に合ったかな?」
「もちろん。オペラも喜んでますよ」
刺々しい玄関側には目を向けず、臙脂はミッド・ナイトとオペラの方を向いて当たり障りのない言葉を投げかけた。
ミッド・ナイトはいつも通り、首から上と下がまったく違う人間に見えるような見た目をしている。言葉使いも声音も優しく丁寧で清潔な印象を与えるが、いざ実物を見てみると、その落差に驚く。
まず第一印象として、彼の服装はとても綺麗だ。スーツには皴ひとつなく、ほつれもない。綺麗に保たれた衣装はまるでマネキンに着せられているかのように生活感がない。
だが、そのネクタイから上を見ると、そのアンバランスさに愕然とする。
長く少し癖のある髪の毛は乱雑に後ろで一つに縛られており、髭もぽつぽつと中途半端に伸びている。
カモメのように弧を描いた眉毛は、細くもなく太くもなく、かといって正しい形とは思えない。丸みを帯びた眉だ。
そして腫れぼったい瞼の下には、まるで死んだ魚のような小さな目が覗いている。
首から上を隠して身体だけ見れば、いい雰囲気なのだが、首から下を隠すと、ただの冴えない中年になる。
「ああ、すみません。この子に河童巻きをお願いします」
そのミッド・ナイトの奥の一番端の席では、黒髪の少女が河童巻きを無心で食べていた。そういえば、魚も駄目だったか。と臙脂は思い出した。ベジタリアンであるオペラは、この高級寿司店はあまりお気に召さなかったか、と思ったのだが、食べている個数を聞いて、まあいいかとお茶を一口飲んだ。
「いやはや、日本にいるのに何も日本らしいものを食べれなくて、結構辛かったアルぜ。身体も鈍って仕方がなかったし」
「お前、ちゃんと仕事してたんだろうな?」
「当たりめーだろアル。お前こそ仕事ちゃんと成功したんだろうなアル」
「たりめーだろ。俺を誰だと思ってんだ」
スッ、と、臙脂はUSBをポケットから取り出し、シャンパンに見せた。
それを見たシャンパンは、眼鏡のフレームを指先で触らない様にかけなおした。
「ならいいアル」
「報告しやがれクソ筋肉」
「うっせーアル女野郎。あの病院の研究所、出来てすぐだったから、人数もセキュリティも情報もクソみたいなもんだったアル。簡単に入る事も出来たアルが……まあ、出入り口が分かってたから、隠しカメラを仕込んでずっと監視してたアル。で、この五人がメンバーアル」
そう言って、写真を取り出して臙脂の方へ滑らせる。
「おい、俺に見せろよ」
「あとで見ればいいだロ」
「ざっけんな!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を他所に、臙脂は六枚の写真に目を落とした。
そこには、出口から出て来る木村、赤丹、珊瑚、孔雀、若芽の姿が、斜め上の不自然な位置から撮られていた。そしてその中に霙の写真も撮られていた。
「あー、あと髪の長い女の子は毛色が違ったアル。もしかしたら、誰かの友人とか、恋人とか、そういった関係かも知れないが……確認はできなかったネ。ただ、頻繁に出入りしてたアル」
「本当に人数が少ないですね」
ミッド・ナイトが改めて言うと、シャンパンはムキムキの肩を竦ませた。
「広くもないし、大したことはなかったネ。ショボすぎて私一人で壊せるレベルアルよ。丁度いいタイミングで何か事件があったみたいで、その隙に簡単に退院して逃げおおせることが出来たアル。実験体にしてくれればもっと調べることが出来たアルがな……」
丁度光と透が侵入した後で、警察までやってきてごたごたとしている間に、シャンパンはするりと、ローズ遺伝子持ちの為に長々と入院させられていたのだが、仲間達との合流の為、抜け出すことにした。
自分から大きく動くのも目立って仕方が無いので、実験体にされた時にはそれなりに、と、心の準備をしていたのだが、ただ意味のない入院生活を送っただけに終わった。
シャトルーズが身を乗り出して、写真を見るミッド・ナイトに尋ねた。
「その中に知り合いはいるか?」
シャトルーズの質問に、ミッド・ナイトはじっと写真を一枚一枚見た。見逃す事の無いように、しっかりと斜め上から撮られた顔を見つめて、首を振った。
「いいえ、いませんね」
そう言って、とん、と、木村の写真に指を落とした。
「でも、彼は気になりますね……」
出口から出てきている木村は、斜め上からの写真だが、整った顔をしているのがわかる。白いスーツにすらりとした四肢、絹のような髪の毛。写真だけでも十分に人の目を引きつける。
シャトルーズに写真全てを渡してミッド・ナイトは言った。
「人を惹きつける装備をコンプリートしています」
「ま、多分コイツがそこの責任者なんだろうな。わかりやすくていいよな、こういう施設のトップはよ」
「偏見アル」
「統計だ。つーか、つまりはそうなんだろ?」
投げやりにそう言って肩を竦めるシャトルーズに、ミッド・ナイトは静かに呟いた。
「カーニバルとは何か、というのは、彼らが一番知りたがっている。という事でしょう」
自分自身が何者なのか、どんな肉体をしているのか。
虫を捕まえるために煌びやかな色彩を放って花弁を開く食虫植物のように、見目麗しい人間を見ると少し緊張する。美しさに慄いているわけではない。まず、その美しさは人間のものなのか、カーニバルとして人を惹きつける為のものなのかと、警戒するようになってしまった。
「……まあ、堅苦しい話はあとにしようアル」
「そうだな、せっかくの寿司だ。思う存分堪能しようぜ」
そこで一旦は仕事の話をやめ、全員が食事を再開した。
「あん? テメェ、いつもと違うじゃねぇか」
「日本に染まってしまったアル。餡子、めっちゃうまいアルぜ。入院中おばちゃんにおはぎやらおまんじゅうやら色々貰ってハマったアルぜ」
「ったく、すぐに自分のポリシー曲げやがって駄目な野郎だ。ジャムが草葉の陰で泣いてんぜ」
シャトルーズが寿司にマイタバスコを振りかけながら、マイ餡子を寿司の上に乗せているシャンパンを嘲笑う。
「日本風がいいのでしたら、トリカブトはいかがです? 中々美味ですよ」
「こっちに寄越すな馬鹿! 冗談じゃなく殺す気か! お前以外食えるわけねーだろ! ひっこめ!」
しっしっ、と、虫を追い払うように手を払われて、ミッド・ナイトはしょんぼりと肩を落としてトリカブトの粉末の入った瓶をひっこめた。
「おいしいのに……」
ぶつぶつと言いながら、出された寿司の上に毒を振りかける。
オペラは目の前に出された、おすすめだと言う魚を指先で摘み、ミッド・ナイトの寿司へ乗せた。
全員がそれぞれオプションをプラスした寿司を一緒に口の中へ放り込んだ。
「んんー、やっぱり寿司は最高アルな」
「うめえ!」
「……皆さん、トリカブトは……」
「いらねっつってんだろーが!」
板前が寿司を握りながら、まるで殺し屋のような目つきで殺し屋集団を見つめている。
臙脂は何もオプションをつけずにそのまま口へ運んだ。相も変わらず素晴らしいと舌鼓を打った後、湯呑に入った熱い緑茶を啜った後、このメンバーで二度と食事をしないと固く決意した。












20160811



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