第五十九話





孔雀は睡眠が深く、長い方ではなかった。よく夜中に飛び起きることがあり、中々寝付けず、ベッドに入った時間から睡眠時間を引くとまったく意味が無い時が多々ある。
そんな中、孔雀はモモタロウがおらず、自宅で眠ることができず、しかたなく仮眠室のベッドに寝転がったわけだが、今日はタイミングが良かったらしい。両瞼の黒子が天上を見上げ、ぐうぐうと眠っていた。
仮眠室の二段目である。一段目にいると碌な目に合わない。きっと適当に悪戯をしようとする研究員の誰かが、枕元にお供えのように置いてある、油性マジックで黒子を描くに違いない。
もしかすると、妖精とか妖怪とか、目に見えぬ存在が、面白半分で孔雀の人生の殆どに、油性マジックで瞼にいたずら書きをするというミラクルが起きている可能性もある。
故に、目が覚めても瞼に瞳のような黒子があっても、なんら不思議ではないし、むしろ神秘的でもあるわけだと思いながら、いつものように眠っていた。
だが、眠りを妨げられた。音である。二段ベッドの階段から、のっそりと、愛猫のモモタロウが顔を覗かせているのを、眠たげな目で孔雀は見た。
「……ももたろう?」
呂律が回らず、頭もあまり回っていない。半分眠りかけている中で、モモタロウがぱかりと口を開いた。
「トイレは何処?」
「……といれ……砂?」
「人間のトイレは何処?」
「……あぁ……ここ、でて……ひだりにいって……右側ににあるぞぉ……」
「なるほど」
納得した声を放った後、孔雀は更に睡魔に引きずられるように、意識がどんどん落ちていく。モモタロウと会話したこと以上に、モモタロウが傍にいる事に安心したのだ。
完全に眠りの底に落ちる寸前、孔雀はガッと目を開け、バッと飛び起きた。
「モモタロウ、話せたのかぁ!?」
なら何故今までトークしなかったのか。思わず叫ぶが、モモタロウの姿は何処にもなく、少しだけ開いたドアがあるだけだった。



光がモモタロウを抱き上げたまま、顔を青くしたまま孔雀から聞き出したトイレの場所を透と共に二人三脚のようにガッガッと大股で歩いていった。コチニールとモモタロウは、外で二人置物のように座って待っていた。
欠伸を噛み殺すコチニールと、モモタロウは瞼を閉じかけ、ゆっくりと身体を丸めていく。
「おいおい、巨大饅頭みたいになっとんぞ猫。お前、呑気やなぁ……」
そう突っ込むコチニールの声に覇気はない。トイレ前でどんどん睡魔が襲い掛かってくる。地下で時計も見ていないコチニールは、なんとなく、今は夜なんだなと理解する。
「ふあー……くあっ、あー、眠いわぁ……朝はいつや……?」
欠伸をしていると、ザッザッ、と、足音が聞こえて来る。コチニールは顔を上げ、慌ててモモタロウの上で丸まり、鏡モチのように重なり合った。
その足音の主は起きた孔雀だった。少し髪を跳ねさせながら、キョロキョロとモモタロウを探していた。
「……いた! モモタロウ! お前一体どこに……ん!? なんだぁこの白い物体は!? たんこぶか!? 腫瘍か!? 病気なのかぁ!? お前に何があったんだぁ!」
思わず抱きかかえようと手を伸ばすと、カンッ、カンッ、と、甲高いヒール音が響き渡った。
珊瑚が戻って来たのかと顔を上げると、そこには小雪を運ぶ霙が、大股で歩いている姿があった。
「おいおい浮かしてんじゃねぇ! 真っ暗だったら心臓止まるぞぉ! しかも持ち込み物って妹かぁ!? 一緒に帰ったんじゃねぇのかぁ!?」
「桔流君は何処に?」
「桔流ならあっちの研究室に行ったぜぇ、お前の友達運んでたぞぉ」
赤丹がエリカのクローンの身体に『しっかりしろ! 生きろ! 生きるんだぁぁああ!』と叫ぶ隣で『必ず助けるぜぇ。俺のこの手は、今まで千人の患者を救ってきた黄金の手!』『ブラック・アイズ先生!』『誰がブラック・アイズだぁ!』と、悪乗りした孔雀が手伝いながら担架に乗せて運んだので間違いない。
霙はすぐそちらへ向かっていった。イノシシのように猪突猛進に進む霙を、孔雀は不思議そうに見送った。
「なんだぁ、珍しいな。あいつがあんな必死な顔するなんてなぁ……」
それはともあれ、孔雀はしゃがみ、丸まったモモタロウにくっついている、白い物体に手を触れた。
「これは……いきなりすぎだろぉ……ちゃんと毛も生えてるし、温かい……完全にモモタロウの一部だなぁ……」
神妙な顔でさわさわと、コチニールを触る孔雀。
「今日の朝は完全になかったぞぉ、予兆も不調もなかったはず……なんだぁ? 何故こんな……ハッ! ま、まさかモモタロウ、お前……!」
口に手をあて、感動に目を輝かせた孔雀は、コチニールの白い身体を思い切り掴んだ。
「お前、俺のこの、瞼の黒を引き立たせるためにこんな腫瘍を……!? け、健気すぎるぞぉ! なんていじらしいかわいい奴なんだぁ! そんな事しなくても、俺達は家族だぁ! 一心同体のパートナーだぁあああああ!」
 感動の涙をずびずびと流す孔雀の手の中で、白い腫瘍、コチニールがもごもごと動きだし、
「んなわけ、あるかーーーーい!!!!」
くるりと回転しながら、孔雀の顎に肉球で全力でツッコミを入れた。
「ぐはっ!」
顎を突き上げる孔雀の手から逃れたコチニールは、しっかりと着地を決めて、ハッと我に返った。
「しまった! ついツッコミの性でやってもうた……! いやいや、白い腫瘍ってなんやねん! こんなかわいらしい腫瘍いてたまるか! こんなふてぶてしい猫から、こんな愛玩すべき存在が生まれてたまるかーい!」
「な、なんだこの肉球で殴られたような衝撃は……! いや、この肉球はモモタロウのものではないなぁ……! 何動物だぁ!」
じゃーっ、と、水道から水が流れ落ちる音が響き渡った後、透がすっきりした、いつも通りの表情でハンカチで手を拭きながら出てきた。
「いやー、死ぬかと思ったー……って、あれ、どちら様?」
「はぁ!? なんで普通にお前……若芽、アイツはどうしたんだぁ! アイツだろ責任者は!」
全ての責任を若芽に負わせる孔雀に、コチニールはニヤリと、笑った。
「ふっふっふ……知りたいんか? アイツがどうなったのか。今どうしているのか、本当に知りたいんか? ん? ええんか? 言うで? 絶望的言葉の羅列に慄くで? ええんか? んん?」
「ウゼェ!」
「奴なら、ワシが倒したわ!」
「な、なんだってー!? ……いや、ぶっちゃけ奴が死のうがどうでもいいんだがなぁ……」
「ドライか! なんちゅードライな奴や! 人情のかけらもないわ! これだから科学的人間は! どうせ人間一人一人の働く力〜とか、ニュートンとかフラスコとかなんやかんや言うて、人間なんてゴミやと思っとるんやろ! あー怖っ! 白衣の人間は怖い奴ばっかりや!」
頭を抱えて懊悩するコチニールと、突如現れた孔雀に、透はハンカチをポケットにしまいながらただ立っていた。知り合いが見知らぬ人と話している時に出くわしたら、ただ立って時間が経つのを待つしかできない。
孔雀はバッとそんな透に顔を向け、近づき、胸倉を掴みあげた。
「えええ!? ちょ!」
突然のヤンキー的行動に驚く透に、孔雀は忌々しげに口端を歪ませて叫ぶ。
「クソ! あのアホ若芽! 大事な実験体だぞぉ! おい、お前こっちにこい! 用が済んだら戻るんだぁ!」
「ええええ!? いや、俺もう帰りたいんで……」
「おめおめと帰すと思うかぁ!?」
 ヤンキーよろしく、顔を斜めに顎を突き出し、ガンを飛ばす孔雀の片目が僅かに眇められ、透は初めて、至近距離で瞼の黒子と目が合った。
「ギャアアアアアア! 目玉お化けだァァァ!」
「誰がお化けだぁァァァア!」
二人の絶叫が白い廊下に木霊する。足元のモモタロウが、煩そうに仏頂面を上げた瞬間、一人の悲鳴が止まった。
「うるさい」
静かに、そして確実な手刀を首の裏にあてた光は、洗って濡れた手をお化けのようにだらんと垂らしながら、胸倉が解放された透に近づく。
「透、ハンカチ貸してよ」
「お前持ってないの? 女子力どうした」
「しょうがないでしょ、鞄の中にあったんだから。とられたんだもん。女子力を奪われたのよ、奴らに」
「いや、お前の女子力はとられるほどないだろ……というか、この人は誰?」
「奴らの中の一人よ。目玉のお化け」
「成程、女子力で倒したんだな」
「そうそう」
透から貰ったハンカチで拭いた後、透に返し、すっきりとした手でまず行ったのは、孔雀をずるずるとひきずり、仮眠室へ戻す事だ。
「何ここ」
「ベッドがある部屋」
「なんで知ってんの?」
「入った時みたから」
一度、仮眠室に入り、眠っていた孔雀の顔にらくがきをした光は、その時の光景を再現した。二段ベッドの上に態々孔雀を横たわらせ、またあの時のように油性マジックが転がっているので、目玉の黒子を少しだけ大きくした後、顔にキュッキュッと、化粧をするように落書きをしていく。
「何してんの?」
「ちょっと、私達の傷跡を残して行こうかと」
「残すなそんなもん! っつーか傷跡って、キュッキュッって音するぞ!」
「油汚れもほーらこの通り、って、違うわー!」
「コチニールはコチニールで何やってるかさっぱりわかってないぞ!」
ベッドの梯子を下りた光は、マジックを放り投げて、心機一転とばかりに腰に手をあてて、堂々と廊下に出た。
「さて、やるわよ! まずは……アンタをさっさと逃がしたいわね。邪魔だし」
「酷い言い草だな! いや、俺もさくらちゃん連れてかないと、何の為にここに来たのか……」
脳裏で北斗が、拳をちらつかせながら、さっさとここから出たい透を脅している限りは、精一杯動かなければならない。
この嫌に白くて病院臭く、そして不気味な場所から逃げ出すわけには、まだいかないのだ。
「石竹小雪はどうなったのかしら……姉がいるんだから、もう出て行ってるかもしれないし……それに、アンタの身体も探さないといけないしね」
研究室の廊下の真ん中で、二人と二匹が作戦会議をしていた。光がコチニールを見下ろすと、居心地悪そうに顔を伏せた。元気のいいチワワのその様子に、光は首を傾げた。
「どうしたの?」
「……いや、ええんや……ワシの身体はもう……」
「何よ、乗り掛かった舟だもの。ついでに取り返してあげる」
「そうやない、ありがとうな……いやな、もう、ワシの身体ないんやて……もう豚の餌やら人間の餌やらわからんけど、ないんやて……」
「そんな……」
透が思わず声を漏らす。コチニールが元々は人間だと言っていたし、先ほどと今の光の言葉で、それが事実だと分かった。
あの霙の魂の入れ替えも、この地下室の存在も、すべてが説得力となって透に襲い掛かる。
この廊下も、恐ろしい怪物の胃袋へ続く食道のように思えてきた。
透は、コチニールの元の身体が臓器売買に使われたと思い、ゾッとした。なんてことだ、非人道的だ。恐ろしい、光も怖いが、ここも怖い。
ちらりと透は光を見た。光も衝撃を受けていた。
――……あれ……?
だが、その衝撃は透とは違っていた。透はゾッとした。お化けを見たような、うすら寒さを感じていたが、光は苦々しい表情をしていた。
予期せず、苦い食べ物を口に含んだかのように、眉間に皴を寄せ、奥歯を噛みしめ、汗をだらりと垂らしている。
そのくせ、表情は少し青い。目は僅かに見開いて、透を襲った説得力は、光に対して更に巨大な力となってぶつかったらしい。
――な、何なんだよ、その反応は……!
まだここに何か恐ろしい秘密があるのかと、光を見て更に表情を青くする透だったが、見られている事に気が付いた光が、ハッと我に返って透の額をペチンと叩いた。
「そんで、コイツもワシと同じ境遇みたいで……会話はできんのやけど、シンパシーで会話できるみたいな。外国人と会話しても、なんとなーくわかるみたいな感じなんやけどな、まあ、コイツの身体はどうかしらん。しらんけど、とりあえず、今日は一時退散しようや」
「……そうね、透、アンタ、犬と猫と一緒に出なさい」
「えぇ!? 俺一人で!?」
「ワシらも一緒や言うとるやろが! 頭数にいれろ阿呆! ちょ、大丈夫なんか光、お前も帰った方がええんちゃう? 退却も大切な作戦やで?」
ぐわっ、と突っ込むコチニールは慌てて光の足元に行きそう言うが、光は首を横に振った。
「小さい女の子がいるのよ、何されるか分かったもんじゃないし……まあ、アンタ達が外に出て、助けを呼んできてくれれば、全然大丈夫。死なない自信あるから」
「どんな自信だよ……はぁ、でも、やっぱ、さくらちゃんは俺が助けた方がいいような気もする……」
「私が撒いた種でしょ? 別にいいわよ」
 わざとらしく大仰に、厭味ったらしく言う光に、透は真面目に答えた。
「いや、藤黄先輩は、お前の色眼鏡なしで俺に頼んできたわけだし……なんか、責任があるっていうか……怖いけど」
「……ふうん、今更ね」
そんな透に少し目を細めて、光は一言呟いた。そしてまた、光は透の額を叩いた。
「悪いけどね、透、私は自由に生きてるのよ。自分勝手にしてるわけ。アンタに何言われても止まってこなかった私に刃向うなんて、何を考えてるの?」
「お前なあ……」
「私は出て行けって言ってるの。なら出て行きなさいよ、足手まといなんだから」
「俺は心配してんの! お前もさくらちゃんも! まったく、人の厚意を踏みにじりやがって」
「それもまた今更ね」
ふんっ、と、いつものように鼻で笑う光に、透はいつものように返す。光はそれを見てほっとしているのを、透はなんとなく理解した。
なんとなく、光の予想通りに動いた方がいいのだと、直感で思った。
何か考えがあるのだろう。考えのない透には、考えのある光の意見を通す方がいいと判断した。
「それじゃあ、犬猫と共に外へ出て……そうね、忍あたりにヘルプ出したほうがいいかもね。警察に行くべきかどうなのか……変態だけど、いい判断してくれると思うわ」
「分かった、じゃあ、変態の所に行けばいいんだな」
「いや、不安しかないんやけど!? 変態の所に行くってなんや!? 怖いわ! ここもある意味変態の巣窟なんやけど!?」
ぎゃんぎゃんと騒ぐコチニールの傍で、モモタロウはやかましい人間たちを置いて歩き出した。
それを見たコチニールが「あっ」と声を漏らす。
「あの猫一人で行きよったで! まったく! どいつもこいつも!」
コチニールが憤りながらモモタロウを追いかける。透もコチニールを追いかける。
「無茶苦茶すんなよ!」
光に捨て台詞を吐くと、ふっ、とまた、馬鹿にしたように笑った。
「だから、今更でしょ」
そう言って光は透たちが向かった場所とは反対側に向かって歩き出した。今来た道だった。数歩歩いてふと立ち止まった。
「……出口ってこっちの方向なんじゃないの?」



「うわあ、まーた派手にやったねぇ。夜遊びっていうか水遊び?」
とりあえずタオルいる? と、霙にタオルを差し出した赤丹は、運び込まれ、台の上に横たわり、濡れている小雪にもタオルを渡した。もちろん、気を失っている小雪が受け取るはずもなく、とりあえず、顔にそっと白いタオルをかけてみる。霙がバッとそれを取り、ギロリと赤丹を睨んだ。
「ジョークだからさ、そんなに怒んないでよ」
「……こっちは笑う暇なんてないのよ」
適当に髪の毛を拭いた後、赤丹に霙の胸の下を指でつつきながら説明した。
「エリカの魂が小雪の中に入った」
「あちゃあ、どうするの?」
「無理矢理掴みだすしかないわ、でも、結構リスキー」
「へえ、俺全然見えないけど、好き勝手に掴んでたじゃん。あの双子の時だって。実際どうか知らないけど」
「元々、エリカの魂はとても弱くて……なんていえばいいのかしら、そう、わたあめみたいなものね。強く掴めば……いや、今の状況は口で掴むみたいな」
「成程。つまり、氷を口で咥えて移動しなければならないけど、氷は解けてしまうって事だね?」
「しかもシャーベット状」
「あちゃー、そりゃもう食べるしかないんじゃない?」
そう言って赤丹は小雪を指差した。確かにその通りだ、態々口で咥えて運ぶこともないだろう。小雪がエリカを消化してしまえばいいだけの事。
だが、小雪の隣にある台の上に寝転ぶエリカの肉体との距離は、ほんの少しだ。小雪の中に入っているエリカを取り出し、入れるだけなのだ。たったそれだけの事で、霙の野望は叶う距離にある。
「だから、すぐに魂を引きずり出した後、身体にいれなくちゃいけないの。私が無理矢理掴みだしたら、そのまま、エリカは死ぬ。死ぬ前に身体に入れてしまえば、エリカ自身もどうにもならない」
 一度身体の中に入れば、水槽の中に入れられた魚のように、もう外に出る事は出来ない。
「そんなにリスクがあるならさ、妹さんにどうにかしてもらえば? この子の身体だし、何とかなるんじゃないの?」
赤丹があっけらかんと言うと、また霙は睨んだ。
「一人の人間には、一つの魂。一つの人格が基本。もし、あなたの中にもう一つの魂を入れるととんでもない事になるわ。どちらが主か、戦う事になる。心の奥底に追いやられて小さくなるか、最悪は消される」
霙はそこまで言うと、小雪に視線を落とした。
「でも、それは普通の人の場合。この子は私と同じ霊感があるから、とても有利。戦うとか、そういう次元にない。自分以外の魂を、どう処理するか、という考え方になるのよ。普通は戦う、ぶつかりあう。けど、私たちの霊感体質は、魂を消化することができる。意思を、胃液で溶かして吸収することができるのよ。今、小雪はエリカという食べ物を丸呑みしている。私は、エリカが消化される前に出したいの」
「消化しなければいいんじゃ?」
「自分の意思で胃液をどうにかできるわけじゃないでしょう。小雪が吐き出したとしても胃液まみれで、更に弱っているのは確実。小雪が起きてしまえば、消化機能の働きが活発になるかもしれない。私は、その前に、小雪の意識が戻らない間に、どうにかしたい」
どうにかしなければならない。
霙は、今まで身体に入って来た魂たちを消化する事に、何の躊躇いもなかった。気持ちが良かったし、罪悪感も何もない。だからこそ、小雪も同じだと思った。同じように、エリカをエネルギーとしてドロドロに溶かしてしまうだろうと思った。
――消化し辛い魂も存在する。けど、でも、エリカなんていともたやすく……
もし、自分の中に入った魂があんな状態なら、すぐにでもエネルギーにできる。何の躊躇いもなく、口に入った瞬間消えてしまうわたあめのように、あっさりと。
「……できるだけ、包み込めば……」
霙の霊的エネルギーを手に集中させる。
氷を触るとき、素手で触れば手の熱で氷は解け始める。だが、少しでも手の体温を下げておけば、溶ける早さも変わる。
そしてできるだけ刺激を与えない様に、ゆっくり、丁寧にと、霙がそろそろと、小雪の胸の上で手を掲げ、指を曲げようとした瞬間、背後からがらがらのオッサンの声が、遠慮なく響き渡った。
「なんやここ! 行き止まりやないかい!」













20150612



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