第五十八話





コチニールは光と透の匂いが漏れるドアの前で、フッと笑った。このドアを開ければ、光と透がいる。一宿一飯の恩を返せる、出来る男、チワワとしてこの名を轟かせることができる。
そして双子と共にこの研究室から脱出し、華々しい人生を送ることになるのだ。
そこらの電柱がコチニールにマーキングしてくれと平伏すような男気が滲み出ていると感じるほど、コチニールは満足感に満ちていた。
こんな小さな体で、若芽を拘束し、そして誰にも会うことなく光と透のいる部屋の前まで来た。なんという事だ。ここまで完璧だと犬も猫も人間も、全ての雌が自分に惚れてしまうのではないか。
「おいおい、プレイボーイは辛いわぁ……なぁ、猫野郎」
そう言って振り返ると、雌猫のモモタロウはどうでもよさそうにコチニールをじっと見ている。じゃらじゃらと鍵を咥えたモモタロウは、ぺっ、と床に鍵を落とした。コチニールはそれを見て、フッと笑い、鍵穴に鍵を刺しこんでドアを開けた。
部屋の中にはおそらく、生まれたての小鹿のように震えて怯える光と透がいるはずだ。
『コチニール様! コチニール様が助けに来てくれたわ!』
『さすがコチニール様! こんな僕たちを助けに来てくれたんだ!』
『コチニール帝国を作ろう!』
『すべての動物の雌はコチニール様のお傍へ!』
と言った具合に世界征服の一歩を踏み出すのだ。
とにかく、双子は愛らしいチワワの姿をしたコチニールに平伏すはずだ。感謝し、感動し、とにかく、オーバーリアクションで出迎える事だろうと予想していたが、現実は違った。
部屋の中は台が二つ置かれており、そこに手足を拘束された二人が、大の字で寝転がっていた。
これで、コチニールに駆け寄ってくることは無理だという事は分かった。
だが、二人は何の反応もしなかった。うんともすんとも反応しない。
――ま、まさか……!
「おい! 大丈夫か二人とも!」
慌てて駆け寄り、台の上によじ登った。光の台から透の方も見ると、二人ともしっかりと意識があり、その目にはしっかりとした決意を秘めた鋭い眼光があり、二人とも、人形のように、だが、しっかりと人間の輝く瞳で天上を見据えていた。
「……ど、どないしたんや……」
「……あぁ、犬……」
光が顔の横にいるコチニールにゆっくりと視線を向ける。透も天井から視線を反らすことなく、ゆっくりと発言する。
「コチニール……」
「ど、どしたん? 大丈夫か? ……あ、安心しろ! 鍵持ってきてやったからな! この台からすぐに外したるさかい……! ほら、猫! 鍵を!」
「早くしてね。そろそろ骨折ってでも出ようと思ってたところだから」
勇者となり、二人のヒーローに大仰な態度でなってやろうと思っていたコチニールだが、この二人の、覚悟に満ちた表情に気圧されていた。
救世主コチニールはお供の鍵を咥えたモモタロウを連れて双子を救出に来た。
手首足首を拘束している枷の鍵が、ジャラジャラと鳴る大量の鍵の中から探し出すのは骨が折れるが、ここでちゃんと外さなければ、光は骨を折る勢いで脱出しようとするので、コチニールは何度も口にくわえて鍵穴に鍵をさしこんで捻る。
「あかんこれも違うわ」
「口を動かす暇があれば口を動かしなさい」
「おいおい、ワシは口を動かしながらちゃんと動かしとるやろ」
「コチニール、時間は金では買えないんだ」
「おいおい、なんやお前ら救世主に向かって横暴なその態度、あかんでー」
「ここまでオブラートにつつんでも理解していないという事はアレね。デリカシーにかけるわね犬畜生め」
「ここは光に賛成だな。俺もデリカシーというか察する力が少なすぎると思う。人の気持ちが何故分からない? もしかして本当は犬だったんじゃないの?」
「いやいやいや、透まで敵かいな。お前らどうしたんや、普通に考えれば地道に行くしかない状況やろ。ちょっと待っとけって」
「そういう状況じゃないのよこれがね」
「そうなんだよ、コチニール。このままいけば地獄になる」
双子の、感情を押さえた言葉に、コチニールは顔を上げた。光も透も、神妙な顔をしている。自分が知らないだけで、この二人は何かとんでもない情報を手に入れているのかもしれない。
これだけの鍵をもってしても、早く早くと急かす理由がこの研究所にあるとでもいうのだろうか。
「俺達はこのまま拘束され続けると、取り返しのつかない事になる。一刻の猶予もない」
透の静かな声に、コチニールは黙って作業に取り組んだ。
光の手足の錠を外した。光は感情を殺したように、まるでアンドロイドのようにむくり、と起き上がり、床に足をおろし、透の台の前に立った。
透も真顔で大の字になって固まっている。光が透の右手の錠に指をかけて、ぐいぐいと引っ張りだした。コチニールはその様子を見て、とりあえず足からアタックしようと、鍵を咥えて台に飛び乗った。
静かな作業だった。光は透の両手の錠を外した頃、コチニールは透の両脚の枷を外した。
透も光のようにむくり、と起き上がり、ゆっくりと床に両足を下ろした。
「一体、何が起きたんや……? 地獄になるって、どういう事や……!?」
透と光はお互いに顔を見合わせてこくりと頷いた。
「私達の、人間としての尊厳にかかわる問題なのよ」
コチニールは、それを脅かされた。むしろ奪われた存在だ。その気持ちは分かるし、その恐怖も分かる。自分の知っている恐怖が、二人にも襲い掛かろうとしている。
「まさか、アイツ等、お前たちもどっかの犬か猫……この流れだと、ハムスターに入れようとしとるんか……!?」
何と言う非道な集団であろうか。人間を動物の身体に押し込むなど、恐ろしい事だ。ペットショップでも開くつもりなのだろうか。
いや、このチワワの身体の持ち主だって、たとえ人間の身体に入っても決して幸せにはならないだろう。コチニールもチワワも、どちらも幸せになんてなれないのだ。
押し寄せる不幸の波、透と光はゆっくりと歩きだし、ドアを開けた。
その立ち姿は威風堂々と、胸を張り、背筋を伸ばし、身体全体で朝日を浴びるかのような清々しさがあった。その背を見上げながら、コチニールとモモタロウは二人について行った。
廊下に出た二人はやっと自由の味を知ったかのように、ふぅ、と息を吐いた。
「何をするか分かってるわね、透」
「ああ、もちろんだ。何も言わなくても分かる。お前がしようとしている事に、俺は反対意見はない。むしろ尽力するつもりでいる」
「でしょうね。まず、第一にすべきこと、それは仲間救出でもなく、脱出でもない」
「ああ、逃さないようにしなくちゃいけない。今はチャンスだ。一番守るべきなのは仲間でも家族でもない、尊厳だ。この場所で、俺達は成さねばならない」
透と光の意見は完全に一致している。言葉はなくとも、心で通い合っていた。コチニールはその果てしない覚悟の繋がりに、思わず一歩後ずさった。
まだ高校生になったばかりだというのに、いくつもの修羅場を超えてきたような貫禄に圧倒される。
自分はその中に入ることはできない。もしかすると、この二人だけですべての問題が解決するのではないかと思えるほどの気迫が合った。
そして透が横目でコチニールを見た。
「コチニールも手伝ってくれる?」
「……! も、もちろんや! ワシにできることなら、なんでもするで!」
後れを取ったコチニールだったが、その輪の中に入れると知ると、一気に燃え上がる炎のように、声を荒げ叫んだ。二人に後れを取ってたまるか。救世主コチニールは、勇者コチニールになるチャンスがあるのだ。
透はそんなコチニールを見て、目を細め、満足そうに頷いた。
そしてキリッと表情を襟を正すように真剣さを帯び、光を見据えた。
「ここが何処だろうと関係ないわ。私たちが目指すべきは、施設に必ずあるあの場所よ」
「あの場所……?」
この研究室の核となる部屋があるというのか。コチニールは全く知らなかった。そこに自爆ボタンでもありそうな二人の表情に、ごくりと生唾を飲んだ。
――なるほど、この忌々しい研究室ごと、全てを消し去るつもりなんやな……
「……分かった。つまりワシがその場所をこの鼻で探し当てればええんやな……?」
「いいえ、コチニールはその部屋を知っている筈よ」
「な、何やて!?」
「入ったことはないだろうけど、多分わかる。いや、ここにいる皆、知っているはずだ。感覚で分かる。その前を通れば、嫌でも理解する。いや、もう本能と言ってもいいくらいだな……いつもそれは傍にある……」
透がフッと笑って言った。
光と透は冷静に見えているが、実際冷静ではなかった。落ち着いて立ち止り、緩慢な動きをしているのは余裕があるからでも、冷静さに満ち溢れているからでもない。
コチニールが来る前に、二人の中でもう頂点に達していた。二人の中で怒涛の荒波が、岩を砕く勢いで打ち寄せていたが、今はほんの少し、波が落ち着いている。岩を打ち砕くほどの勢いの波は、岩を削る程の威力に収まっている。
そう、ほんの少しだけなのだ。ほんの少しだけ弱まっただけに過ぎず、これから徐々に落ち着いていくであろう波に、その静けさに、二人は恐怖すら覚えていた。
嵐の前の静けさとはよく言ったものだ。あの怒涛の波は何処へ消えたのだろう。遥か沖へ戻って行った、あの岩すら敵ではないと言わんばかりの荒波は、息を顰めて何をしているのだろう。
おそらく、次の荒波が来たら、二人は耐え切れないだろう。助走をつけるように、奥底へ姿を消したあの波に、為す術はない。台風に怯える、小さな島の人間のように、二人は恐怖にさらされていた。
その恐怖を誤魔化すために、二人は冷静さを装い、二人で頷きながら確認した。
この不気味な白い地下室から出る事、さくらを救出し、小雪を助け、コチニールの身体やもろもろの問題がはびこるこの場所で、一番にすべきこと。台の上から逃れたのなら、もうあと少しなのだ。
次の嵐の前に、二人は一歩を踏み出した。
「行くわよ透」
「そうだな光。コチニール、行くぞ!」
「わ、わかった! でもどこに!? ワシは何を探せばええんや!」
「決まってるだろ!」
ギリッ、と歯を食いしばった二人は、青い顔をして、声を揃えて叫んだ。
「「トイレだよ!」」
二人の膀胱はもう限界だった。



透と光が尿意を我慢している頃、地上の出口では、珊瑚と真赭が一戦交えていた。
素直な打ち合いだった。変な戦略も何もない。真赭は何も持たず、考えず、珊瑚に挑んだ。
純粋な力こそが、自分の価値であると思っていた。光の影響だが、その考えは真赭の根底にしっかりと引かれ、地盤となっていた。
珊瑚は力などどうでもよかったし、子供はまっているし、出口は開けっ放しだし、さくらはいるし、疲れているし、疲労しているし、困っていた。
真赭のギプスがいいハンデとなって、珊瑚はいまだ倒れずにいられる。
――まずい……!
真赭はどうやら勝ちにこだわっているようだが、珊瑚は負けろと言われれば何の躊躇も未練もなく負けを認める。白衣を脱いで、白旗を上げることだってできる。
だが、この勢いでは、そんな付け焼刃の敗北に逆上し、両手を上げた珊瑚にとどめの一発を決めて来るような勢いが、真赭にはある。
――熊と出会って死んだふりをする以上にリスキーだわ……!
何度か受けたパンチは、当たり所が悪ければ、骨が簡単に砕け、動けないほどの威力。
どうにかならないかと、攻撃を受けながら考える。
だが、答えは最初から決まっていた。申し訳ない。私にはそんな強い意思はないし、拘りもないのに、掴まねばならない。
――勝つしかない……!
珊瑚は白衣の襟を掴まれた。真赭は珊瑚を壁に叩きつけた。珊瑚は痛みに顔を歪めつつ、足を振り上げた。



ぐっ、と手に力を入れても開かないので、体重全体を乗せて押してみる。だが、それでもびくともせず、霙は眉を寄せて病院の白い壁を見た。いつもここから入っているのに、何故開かない。
霙は入口に鍵がある事を知らず、押せばだれでも開けられるものだと思っていた。ロックされているとは夢にも思っていない。
開かぬなら力を使って無理矢理開けようと、エネルギーを手からするりと出したが、すぐにひっこめた。
この暗い病院は、昼間の喧騒が花火のようにふっと消えてしまっている。病院内の破壊音は、コンサート会場のように当たり全体に響き渡るだろう。
傍には、エネルギーで持ち上げた小雪がまだ気を失ったままでいる。
小雪が目覚めれば、同じ霊感のある人間同士、簡単に身体の中は探らせてもらえない。小雪が素直に明け渡してくれるとも思えない。
準備が必要だ。集中できて、そしてすぐにエリカを肉体に閉じ込める、最善の状況が必要だ。
――そして、捕まえてすぐにエリカの身体に入れれば……
エリカが消えぬうちに、身体に魂を入れなければ。今までの努力が水の泡となってしまう。
その為には早く研究室へ向かわなくてはならない。霙は踵を返し、出口の方角へ向かった。



予想に反した出血に、真赭は縮めていた距離を開いた。頬に一線、血があふれ出した。
拳にしていた手のひらを解いて、頬にあてた。じわりと血が手のひらに滲み、鋭い痛みが走る。
病院の影になり、月明りも届きにくい場所だが、その光が何なのか、真赭は分かった。
珊瑚のハイヒールの先から飛び出た銀色の輝きは、よく喧嘩でも使われている。
「仕込み靴だったのね……! 何それ、すげー燃える!」
「悪いけど、傷、つけるわよ」
「もうついてるし、いつもつけられてる」
へっちゃらだと笑う真赭に、珊瑚はひくひくと口の端を痙攣させ笑う。なんてことだ。ナイフを見せつけて怯むどころか楽しそうな顔をする女子中学生がいるなんて。娘が将来こんな頭のネジが一つ外れ、どこかが錆びついているような子に成長してしまったらどうしよう。
恐ろしい事だ。珊瑚は軽く引きつつ、精神的にも肉体的にも疲労で動きが鈍くなってきた。
まるで、体力のありあまった子供に日曜日を使い果たした父親のような疲労感。
――でも勝つわよ
ナイフをちらつかせてでも、勝たねばならないと決めたのだが、火を消そうと息を吹きかけると、他所に火が飛び移り、囂々と炎が燃え上がるような感覚。
――……か、勝つわよ……!
ドッ、ドッと、流星のようなパンチが繰り出される。
――……ま、負けない……!
刃のついている珊瑚の足よりも、殺傷力のある足技は、うちわで思い切り仰がれたかのような風を生んで珊瑚の前髪をぶわっ、と巻き上げる。
――……し、死なない……!
徐々に風前の灯火となる珊瑚の決意に、煽られ、今にも消えそうになったその時、ザッと回り込んできた霙が視界で二人を捕らえ、二人も霙を捕らえた。
三人とも、動きが止まった。特に真赭は驚愕の目で霙を見た。
霙の真横、気絶した小雪を、エネルギーで持ち上げている。霙は指一本小雪に触れていない。完全なる空中浮遊の現場を、真夜中の病院で目撃した真赭は、だらり、と汗を流した。
「……お、おほっ……う、嘘だぁあ。タネと仕掛けがなくっちゃあできないぜ、そりゃあ……うほっ、おほっ、ね、ねねね? あれ、あれ、浮いてるよね、見えるよね? ねっ?」
「ちょっと、怖いわよアンタ……」
テンパった真赭が先ほどまで殴りかかっていた珊瑚に、掴みかかるように同意を求める。
人が浮いているのももちろん恐ろしいが、あれが自分だけにしか見えないという付加価値が付けば、真赭は簡単に気絶する。こんな勝負の真っ最中に、こんな怪しげな森が傍にある病院の影で、こんな恐ろしい現場に直面したという思い出など、この先の人生にまったくいらない経験である。幽霊は見えないし知らないし感じないし、関わることの無い代物だ。映画やアニメなどフィクションの中にしか存在しない物であり、こんな現実に、しかもおあつらえ向きのシチュエーションで登場するなんて、もはや反則に近い。ヤンキーが弱そうな猫背で眼鏡をかけた、明らかに勉強し貸してこなかったであろう男をカツアゲすると、シャツ一枚脱ぐとムキムキのボクサーの身体が出て、ペンしか握ったことがないだろうと高を括った右手のストレートで一発KOされる。反則である。後だしじゃんけんである。利き手を骨折した真赭に箸で豆を別の皿に移動したらいう事を聞いてあげるという、仲間の悪戯に似た酷さがある。だが、人生とは非情なもので、真赭が望まぬものも真夜中、おどろおどろしい夜にふっと、のれんを手で押し上げ、中にいる店主に『よっ、やってる?』と、気軽に声をかけるようなフレンドリーな空気を放ちながら、恐怖を与えて来るものである。
その恐怖色の黒い服を着た石竹霙は、出口をちらりと見た。少し隙間が空いている。
霙は二人を意に返さず、小雪と共に出口へ向かった。珊瑚が慌てたように口を開いた。
「ちょっと! 無視なの!?」
「今、忙しいの」
「こっちだって忙しいわよ! っていうか、持ち込み物って妹!? なんなのもう!」
「一人で何とかしてください。朝、手伝ったじゃないですか」
「別に頼んでないわよ!」
冷淡に断る霙に、珊瑚はクワッと鬼のような表情で牙を剥き出しにし、前にいる真赭の腹を思い切り蹴り飛ばした。
真赭はそのまま霙の方向へ背中から飛んでいく。突如飛んで来た真赭に、霙はギョッとして、身体の前にエネルギーの壁を作った。
「うおおお!?」
ボフォンッ、と、何とも言えない衝撃が背中に走った。真赭はすぐに地面に両手両足を地面につけ、犬のように四肢で安定感を確保した後、すぐ後ろを向いた。
そこには力のなさそうな霙が立っているだけで、マットやクッションのような衝撃を吸収するような大きくて柔らかいものは何処にもない。
いや、一つあった。いや、二つであった。
それに気が付いた時、真赭はふっと笑みをこぼした。思わず漏れた笑みであった。
顎の下に落ちた汗を手首で拭い、真赭はニヒルに笑った。
「ふっ……ピカ先輩じゃなくてよかった……」
もし光だったなら、ここで第二段階まで覚醒し、口から破壊光線を放っていたであろう。
「つまり、これが女の武器ってやつか! 初めて見た!」
びしっ、と霙の胸を指差し叫んだ。自分の胸部をマット替わりに使うなど、自分にはできない芸当、いや、才能だ。真赭は素直に感心した。
びぎっ、と珊瑚の顔に血管が浮かび上がった。絶壁の珊瑚は、第二段階に覚醒しそうな形相を一瞬見せた後、フッと、大人の余裕を見せて笑った。
「馬鹿ね、スタイルだけが女の魅力とは限らないわよ……そう、中身からにじみ出る、大人の色香ってものが必要なのよ……」
霙がばかばかしいと眉を顰めて出口へ急いだ。諭すように話していた珊瑚が、慌てて霙に声をかけた。
「嘘でしょ! ちょっと! せめて閉めないでよ! 開けといてよ!」
「? なんかよくわかんねーけど、まあいいや。お化け怖い……じゃない、相手にならないし、殴れないし、恐……じゃない、敵じゃないしな。負けてもないし、ここで逃がす事に何の問題もないわけだ」
そう自分に対し言い訳を呟いた後、珊瑚の方へ踏み込み、拳を振り上げ、シンプルな答えに至った。
「負けた相手に勝つだけだ!」












20150604



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