第五十二話





「なんだ、桔流君じゃなかったのね」
「つーか、すげぇなやっぱり。完成品はぁ……」
地下研究室の白い廊下で、血だまりの中で倒れている死体をつんつんと孔雀がつつく。
この人間の身体が、それぞれ細胞から作られたパーツを組み立てたものとは、到底思えなかった。劣等感と共に、やはり感嘆の息を漏らしてしまう。
「にしても脆すぎじゃないッスかね。こんなちょっと歩いただけで死ぬなんて。砂のお城かよ」
若芽が鼻をほじりながら続けると、赤丹は遠くに飛んだ腕を拾い上げながら言った。
「いいや、そうじゃないと思うよ。だってこの腕、ここにぶっ飛んでるし。血しぶきも至る所にまき散らされてる……多分腕を何か強い衝撃が吹き飛ばしたんじゃないかな」
「……」
「……」
「皆、一斉に見るのやめてくれる?」
全員の視線が刺さった珊瑚が、肩身狭そうに言った。
「犯人はお前だっ」
「やめなさい」
ビシッと迷いなく指をさす若芽の手を、バシッとはじいた。
「痛ぁっ」
「成程、そうやって腕を弾き飛ばしたんだなぁ……酷ぇ女だぁ……」
「違うってば! っていうか、ずっとアンタたちと一緒に居たじゃないの!」
先ほど、さくらの部屋の前から移動し、また研究員室に戻り、ああでもないこうでもないと議論していると、悲鳴が轟き、現場に向かったのである。
「アリバイは貴方達が証明してくれるはずよ」
「だとすると誰なんスかね。まあ、あの悲鳴をあげた人なんだろうけど」
「……いや、本当に誰だぁ? 今ここにいるのは俺達を覗けば、犬と双子と小学生だろぉ?」
「あの悲鳴は女の子だったッスよねー」
疑わしげに若芽が珊瑚を見る。
「だから、私じゃないってば……そういえば、石竹霙は何処にいるの?」
キョロキョロとあたりを見渡す。あの黒い服を纏った女がいない。
「ああ、石竹さんなら出て行ったよ。妹さんを家に送り届けるんだってさ」
「あぁ……そういえば、会議室に閉じ込めてたわね……」
光によって開かれた会議室では、開いたままだったが小雪はずっとそこにいた。ぐったりとした様子しか見えなかったが、おそらく、姉の霊の力によって拘束されていたのだろう。
「あと、あるものを取りに行ったよ」
「あるものぉ? なんだ、持ち込みは歓迎しねぇな」
「まあまあ、彼女にしか持てないものだから。見逃してよ孔雀さん」
「あら、孔雀君だってアマゾンから持ち込みする予定じゃないの」
「え、孔雀さんアマゾンから何かを? え? ピラニア?」
「そっちじゃねぇよ! いや、俺のは必要なものだろぉ。ちゃんと報告するぜ俺は」
赤丹がネット通販を利用していないことが明らかになった時、珊瑚は桔流のクローンを見て、ふむ、と顎に指をかけて考えた。
暫くして珊瑚は赤丹にクローンを指差して尋ねた。
「桔流君、これって他の人も出来るの?」
「パーツなら誰でも作れるけど、接着はローズ遺伝子でやってるから相性があるかも。組み立ては俺みたいに相性悪くなければできると思いますよ。珊瑚さんなんか一日あれば作れそう」
「私じゃなくてね。若芽君、貴方、クローン作ってもらって、こうやってどこかに死体放置すれば、貴方死んだことになるんじゃない?」
「……!」
若芽が目を見開き、口に手をあてた。明瞭な驚きの表情とポーズである。
「もう警察も諦めるし、第二の人生花開くんじゃない?」
「な……なん……だと……!? た、確かに言われてみれば……こんな近くにいい方法があったなんて……! 桔流君、いいかな? 頼んでもいいかな!」
「いいですよー、楽しそうだし」
若芽のベクトルが完全に赤丹になった瞬間、孔雀はハッとして珊瑚を見た。そこには満足そうに口端を上げ、ニヒルに笑う珊瑚がいた。
「道重ぇ、お前なぁ……」
「あら、私はただ可能性を示唆しただけよ孔雀君。もしよろしければ、返品手続代行しましょうか?」
「結構だぁ! ったく、いいだろ別に」
「全然よくない! 危ないでしょ! ちゃんという事聞きなさい!」
「テメェ母親かぁ! クソ、気分が悪い!」
まるで子供を叱るように孔雀を見上げる珊瑚に舌打ちをする。孔雀の気分を思い切り逆なでした珊瑚は、頬を膨らませ、今度は子供の様に怒り出した。
「駄目ったら駄目! それよりも、貴方の瞼の黒子を隠せるファンデーションの色を探した方が生産的よ!」
「更に気分が悪い!!」
「あ、モモタロウ」
「何!? どこだ!」
「うっそぴょーん」
「こ、ろ、す、ぞ!!!」
珊瑚の胸倉を掴み、マジギレした孔雀がヤンキーのように睨み付けるのを、若芽と赤丹がぼんやりと眺めていた。
「騒がしいなー、あの二人」
「さっきも喧嘩して仲直りしてたみたいなのに、元気だなー、三十路さん達。てか、霙ちゃんは明日くる感じ?」
「いいや、夜戻ってくるってさ。石竹さん、意外と短気な所あるからね」
あはは、と笑ったその時、ガチャリとドアが開く音がした。研究員全員が、廊下で死体を囲んで騒いでいる状況で、その音は全員が虚をつかれた。
まず、顔を覗かせたのは真赭だった。緊張した様子で左右を見渡す。死体と見知らぬ白衣の人間を見て、まず胸を撫で下ろしていた。
「よかった、全裸はいない……」
その真赭の手を繋いで、ずるりと出てきたさくらも、同じように左右を確認した後、真赭に敬礼のポーズをした。
「全裸、いないです!」
「ですな! よし、行こう!」
真赭と手を繋いで歩き出した二人に、研究員は呆気にとられた。だが、一番早く我に変えた珊瑚が、カンッ、とヒールの音を響かせて二人の背に声をかけた。
「待ちなさい! その子をつれてどこにいくの!」
「そんなの、決まってんじゃん。お母さんの所に……って、うわあ!? 子供!? また子供だよ! なんなのここは、保育所なの!?」
「道重ぇ、とうとう園児にまで格下げたぁ、憐れだなぁ……」
「珊瑚さん、今度丸いボールの中に入って、俺の腹に括り付けて、一発芸『胎児』とかどうッスか?」
「いいねー、新年会で是非みたいね。俺もクローンうまく作って『幽体離脱〜』ってのやりたいんだよね!」
若芽と赤丹が和気あいあいと談笑する中、珊瑚は真赭を睨み付けたまま、胸の中で吐き捨てた
――馬鹿ばっかり!
何故か、双子を招き入れてから今までなかった事件が起きる。運気を吸い取るのか、悪い気を引き寄せるのか。
「とにかく駄目よ、その子を元の場所に戻しなさい」
そう口先で言いつつも、さくらを返してその代わりに真赭をどうにかできないか考える。この失礼な女の子には、少しくらい痛い目を見ても構わないだろうと、珊瑚は強気だ。
――ローズ遺伝子もあって、中学校の番長で、精神的にもタフ。実験中に自力で逃げ出しそうな元気もあるし……大丈夫そうね
「それとも、私に負けるのが嫌だから逃げようとしてるの? あらあ、駄目ねー、弱いのねー」
「っはぁああああ!? そんなわけないだろーが! 子供だからって言っていい事と悪いことがある!」
ほぼ棒読みで挑発して見れば、予想の三倍以上の反応が返ってきた。
珊瑚を保育園児と言った口は、牙を見せるように歯を剥き出しにして怒り、罵声を浴びせかける。
番長を張るくらいだから、負けず嫌いだろうとは思っていたが、まさかここまでとは。
珊瑚は身構えた。
――喧嘩慣れしてるでしょうし、私で勝てるかしら……
まあ、勝とうとは思っていない。先にさくらが逃げるだろうから、その時間稼ぎをするだけだ。幸い、このメンバーの中で戦えるのは自分だけだ。
――私の采配一つなのよね、正直な話
防衛に必要な意思というものが希薄なのは大きな弱みでもある。別にこの施設が無くなっても、珊瑚は困らない。
お金が必要で、それなりの給料をもらっているので勿体ないとは思うのだが、孔雀がカーニバルを作ろうとしている事を知って、少し考えが変わった。
この施設はほんの一端に過ぎない。世界のどこかで、孔雀と同じような事を考えている輩がいるかもしれない。
――人間社会もサバイバルだわ……まったく、子供を持つ母親には悪魔みたいな連中よ
とりあえず、母親思いの子供を見逃そうと思い、珊瑚は真赭の奥を見た。
「がんばれー、お姉ちゃん!」
「うん! 頑張る!」
――逃げなさいよ!?
何故か観戦スタイルを決め込み、拳を上へ突き上げて応援している。
「いーけーいけいけいけ道重!」
「レッツゴーレッツゴーみ、ち、し、げ!」
「何か飲み物ほしいッスねー」
――アンタたちも何観戦モードに入ってるの!?
部活の大会のような応援をする孔雀と赤丹に、のんびりと見守る体制に入った若芽に珊瑚が声に出さずにつっこんだ。
この余裕さは珊瑚の強さを信頼しての事だが、珊瑚は自分の力を信用してはいない。
「いいの? そんな余裕で」
突如、至近距離に現れた真赭の顔に珊瑚は対処しきれなかった。
右拳が下から突き上げ、珊瑚の顎にぶつかった。
観戦する三人よりも遥か後ろへ飛ばされながら、珊瑚は思う。
――問題なのは、私の経験の少なさよ!
ローズ遺伝子が開花したのは、全くの偶然で事故だ。あの時の感覚を、今もまだ覚えているだけに過ぎず、それを駆使できてはいない。
――年齢だけは上で、人生経験も上だけど、喧嘩経験は番長の方が多いに決まってる!
そう思っていたが、それ以上に真赭は強かった。一瞬にして経験が現れた。入院着を纏い、ギプスを嵌めているが、珊瑚は汗を流した。
――う……まずい、心が弱ってる……
それを差し引いても、予測した実力差以上に珊瑚は劣勢だと思った。その理由がなんなのか分からないが、このままではまずい事だけは理解している。
「おいおい道重ぇ、お前何遊んでるんだぁ? さっさとやっつけちまえよぉ」
――そのザコモブみたいな台詞言わないで! 運気とやる気が下がる!
ニヤニヤと笑っている孔雀に、珊瑚はまた胸中でつっこんだ。その間も、真赭は珊瑚に迫りかかっていた。
起き上がった珊瑚のすぐ近くに真赭は構え、また拳を突き出してきた。
「うっ」
間一髪それをかわしたが、すぐに右足が珊瑚の横腹に食い込んだ。
「!」
白い壁に勢いよく叩きつけられ、廊下に珊瑚は倒れこんだ。
「お、おいおい……」
その光景に三人が顔を引きつらせる。真赭はふん、と鼻を鳴らして袖で額を拭う。
「舐められっぱなしで、明日の朝日を拝めねぇよ」
もう勝ったと思ったが、珊瑚がよろり、と揺れながらも起き上がるのを見て、眉を顰めた。
――思ったより打たれ強い……やだなぁ、子供イジメるのいい気分じゃないのに
真赭が身構える前に、珊瑚が四つん這いになって三人に向かって言った。
「その子を保護して、隠れてて」
その子、とはさくらの事だ。一瞬分からなかったようだが、赤丹がハッと気が付いた。
「なるほど、分かった! 二人も早く、避難避難」
赤丹がすぐにさくらを抱き上げて、部屋に戻した。ぱたん、と扉だけ閉めたのを見て、珊瑚はキッと真赭を睨んだ。
「……何? もしかして必殺技とか? ここら一体を更地にしてしまうとかそういうアレ? 味方に『ま、まさかあの技を……!』『俺達まで食らっちまう!』とかいうアレなの? ソレなの? どうなの?」
「さあ、どうかしらね……それにしても、なんでそんなに嬉しそうなの。なんで遊園地に来た子供みたいにきらきらと目を輝かせてるの」
「べ、別に!? 全然期待してないから! そんなんじゃねーし! かめはめ破とかそういうアレを出すんじゃないかとか全然、全くこれっぽっちも思ってないから!!」
完全にわくわくしていた真赭に、珊瑚はゆっくりと立ち上がって笑った。



「な、何なんだ一体桔流。俺達も避難なんて……」
「もしかして必殺技ッスか? 味方にも危険が及ぶような、爆発的な必殺技を珊瑚さんするんスか? 波動砲みたいな感じでここら一体を砂地にするようなアレとかするの? 知ってるの桔流君!!!」
「いやいや、そういうんじゃなくてさ」
さくらを閉じ込めていた部屋に入った三人は、入り口付近でドアを少しだけ開けて外の様子を伺いながら、好き勝手に言っている。
困ったように笑いながら、赤丹は言った。
「何か珊瑚さんやりにくそーにしてたからさ、俺達が邪魔なんだと思ったんだけど……よく考えれば、この子のせいだね」
そう言ってさくらを見る。
「珊瑚さん、子供に大暴れしちゃったの見られて別居状態でしょ? だから同年代の女の子にそういうの見せたくないっていうか……トラウマになってんじゃないかなって」
「あぁ、そういう事かぁ」
「なーんだ、つまんねーの」
孔雀が納得し、若芽が唇を尖らせ呟いた。



空が赤々とする前に霙は小雪をつれ、家に戻っていた。小学生よりも早い帰宅時間だが、二人は当たり前のように家へ向かっていた。
小雪の足取りは重々しく、霙の数歩後ろを歩いている。
それに関して霙は何も言わない。前を歩けとも言わない。姉の後ろを歩くのは特別な事ではない。前でも後ろでもどこでもいい。だが、この重苦しさは何だろう。太陽が消え失せるからか、少し憂鬱だ。
小雪が思い悩みながら帰路に就く。霙が降り返り、小雪の横に歩幅を合わせた。
「小雪」
意地を張る子供の様に、小雪は顔を上げなかった。返事もしなかった。妹のその意地に、霙は肩を抱いて頭に頬をつけた。
「ごめんね、こんな事になるなんて思わなくて」
「……私の、友達は……?」
「大丈夫、お姉ちゃんがしっかり家に帰すから」
すりすりと頬擦りをする霙の声は、本気の声だった。軽いが嘘はついていない。小雪はおそるおそる上を見た。霙は微笑んで小雪を見下ろしていた。
「友達は大事だものね。わかってるよ、ちゃんと」
「……お姉ちゃんの友達の事、知らなかった……」
友達と呼べるのか不思議だったが、小雪はぽつりと呟いた。とぼとぼと歩く歩幅は狭くとも、着実に家へ近づいている。
「友達じゃないわ」
 同じ大学に通っているが、赤丹は友達ではない。友達とは、もっと別のものだ。大切であるべき人の事を指す。霙は一人の女の子を思い出し、目を細めて言った。
「どうして言ってくれなかったの?」
「何を言うの?」
「あそこに行ってるって、通ってるって」
「秘密にしてって言われたから」
「でも、知り合った人の事は教えてほしいよ」
「何でも言わないのよ、家族だからって……家族だから言わないのよ」
肩に回した手で、小雪の耳を弄りながら霙はさらに続ける。
「小雪だって、私に全部は話してないでしょ?」
「結構話してると思うけどなぁ……」
「そうね、結構聞いてるわね。二日跨いだ事もあったっけ」
「そんなだっけ」
「そんなよ。でも、その中でも小雪は言ってない事あるわよね」
小雪は霙を見た。責めている目の色ではなかった。微笑んで見下ろしている、姉の顔だ。
だが、その瞳の奥には冷たいものがあった。小雪には見せない物が隠れている。
一度として、小雪は姉に対してそんな目を見せなかった。
「……うん」
こくり、と頷いた小雪は、霙の目の冷たさの意味を知った。小雪は知って理解していた。姉が自分を切り捨てられることを。
だが、それ以上に自分を愛してくれているという事を。
「……じゃあ、それを言ったら、お姉ちゃんも全部教えてくれる? ちゃんと、何をしようとしているのか」
「もう知ってるじゃない」
「本人から聞きたいよ。間違いとか、あるでしょ、又聞きだと」
霙は黙り込んだ。ただ口を閉ざしていた。表情は笑顔のままで、そのまま家へ向かった。これ以上話すことはないと、打ち切られたのだ。
小雪は霙から聞きたかった。おそらく、霊が言っていた事は本当だろう。
それでも、本人の口から聞かなければ納得しない事もある。
自分の秘密とも呼べるものも、姉は知っている。大したことではないが、あまり言えなかったことだ。何故ばれたのかは問題ではない。
知っているが知らないふりをするのが家族なのだ。全て受け入れられていると思い込むのが家族なのだ。
この沈黙は必然なのかもしれない。必要なのかもしれない。家族だからこそ、これ以上聞いてはいけないのかもしれない。
後は、信頼しかないのだ。
「……お願いね、お姉ちゃん。光ちゃんたちの事……」
「うん」
ゆっくりと歩いた。急かさず押さず、霙と一緒に歩いた道は、家が近づくたび、影を濃くしていった。夕暮れが背中に張り付いていた。
家につくと、小雪の背中をとん、と押した霙は、母に声をかけた。
「今日は友達の家に泊まるから、夕ご飯はいらない」
「あら、そうなの? 最近多いわね」
「女子会だよ、女子会」
にっこりと家族用に笑う霙の笑みに、母も笑った。手を洗ってエプロンで手を拭きながら、しみじみと言った。
「そうねぇ……まさか、霙がそういう事が出来るなんて思わなかったからね……楽しんできてね」
「うん。小雪」
母に頷いた後、ソファーに座った小雪に声をかけた。小雪はビクッと反応し、霙を見た。不安げな目だった。小動物が縋っていいのか怯えていいのか迷っているような揺れた瞳をしていた。
「明日連絡するね」
「ん? 何の事?」
「ふふ、内緒」
霙が笑って人差し指を口につけ、母に笑った。秘密だと言うのに、母は気になるそぶりも見せず、これまた楽しそうに笑った。
姉妹仲がいいのね、とでも言わんばかりの幸せそうな笑みに、小雪は眉を八の字にして、拳をきゅっ、と握りしめていた。
霙はその様子をしっかりと見た後、また家を出た。夕暮れが押し出され、もうすぐ夜が支配する。
太陽より月が好きだ。
黒い服を闇に溶け込ませてくれる夜が好きだ。
幽霊が活発に動く夜が好きだ。
だが、その暗闇の中で、太陽が自己主張するかのように、闇の中に燃え上がる炎の光はあまり好きじゃなかった。
ここ数年、連続放火魔がこの近辺にいるという。まだ捕まっていないらしいが、ある日を境にぱたりと事件は収まった。そしてまた、忘れたころに奴はやってくる。夜を燃え上がらせる放火魔。
――誰も知らないのよね
幽霊に尋ねても誰も知らないと言う。不思議な犯行だ。そして、恐ろしい犯行だ。
――男か女かも、今だ分からないなんて……
永遠に捕まる事がないのかもしれないが、霙にとって、どうでもいい事だった。
過去のあの事件が、犯人が捕まってどうにかなるものでもない。燃えた家は燃え尽き、燃え死んだ人間は骨のままだ。
その骨から、霙は未来を作り出す。
霙は夜を切り裂く様に歩きながら、夜に溶け込みながら歩いていった。
透輝大学病院とは反対方向の、燐灰高校へ向かっていた。













20150501



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