第二十七話





「砂煙すごすぎて何が起きてるのかわっかんないな……」
ゆっくりと起き上がった透が不安そうに見下ろす中、授業開始を知らせるチャイムが鳴り始めた。
「うわっ! もう始まる!」
慌てて教室へ戻る透は、次の授業が体育だと思い出した。早く着替えて行かなければと、丁度屋上から引っ込んだ時、竹清の右ストレートが北斗の頬に埋め込まれた。
手ごたえを感じた竹清は更に連打を決め込む。砂埃はまだ舞い上がっているがそれでも手ごたえがはっきりと北斗のダメージを物語っている。
――この俺の右ストレートを受けて立っていた奴はいない!
自らの力に自信を持つ竹清は、手加減するかのように攻撃をやめ、背を向けた。
「勝負あったな。燐灰高校も俺の傘下に入れて、」
「おい、いつ終わったんだよ。というより、まだ始まってすらいねぇだろ」
「何ッ!?」
振り返ると怪我一つしていない北斗が前髪をかき上げながら立っていた。ぐっと握られた拳が油断していた竹清の顔面に叩きこまれ、そのまま校舎の入り口まで吹き飛ばされた。
更に舞い上がる砂埃にふー、と息を吐いて叫んだ。
「おい! テメェ等の番長はやられたぞ! さっさと電車乗り継いで学校に戻れ不良共!」
咳き込んでいた者も、足を踏んだだ踏まないだと言いあっていた声もやんだ。そして爆発するように一斉に手下たちが騒ぎ始めた。
「アァン!? テメェ何ふざけたこと言ってんだ! 竹清さんがやられるはずがねぇ!」
「無敗の男だぞ! 適当言うなカス!」
「一体何駅乗り継いできたと思ってんだ! 一体電車賃どれくらいかかったと思ってんだ!」
「知るかよそんな事……クソ、コイツらも掃除しなくちゃいけねぇのか」
面倒くさそうに頭を掻く北斗だったが、すぐに不良たちの声は止んでいった。
蝋燭の火を吹き消すように、薄らと砂煙から人影が消えていく。
「?」
首を傾げ、砂煙が収まるのを待った。そこには死屍累々と地に伏せている不良たちの姿があった。
「何だ?」
一人の不良の傍にサバイバルナイフが転がっていた。見たところ血はついていないが、柄の部分が少しえぐれている。
「もしかして、最近この町に入ってきたとかいう殺し屋かと思ったけど、違ったみたいね」
手を叩きはらいながら、ブルマ姿の千歳は残念そうに言った。
「手ごたえがてんで感じられない。つまらない相手ね」
「お前がやったのか、どうも」
「貴方、誰?」
怪訝そうな千歳の背後で取り巻き二人が小さく拍手しながら千歳に近づき思い切り抱き付いた。
「すっげー! 殆ど見えなかったけどすっげー!」
「マジヤベー」
「マジヤベーよ姉御!」
「べ、別にマジヤベーくはないわ! 普通に倒しただけ……」
きゃっきゃと騒ぐ女子三人に、おそるおそる体操着に着替えた生徒が校舎から出てきた。
「だ、大丈夫なのか……? って、うわ! 海老杉先輩が壁に!」
「ひ、引き抜けー!」
北斗と竹清の喧嘩に巻き込まれた海老杉は、人知れず壁に叩きつけられ、埋め込まれていた。
一年生が慌てて引き抜くと、頭に手をあててふらふらと立ち上がる。
「うぅ……一体何が起きたんだ……」
「おい、頭打ったんなら病院行っとけ。ついでに精密検査してもらっとけよ」
「はは、君に心配されるなんて驚きだな。停学がそんなに辛いのか?」
「テメェは相変わらず喧嘩売ってくるな」
「何を言ってるんだ? 僕は一度たりとも売ったことなんてないよそんなもの」
心底分からないとう顔をして首を傾げる北斗は、海老杉に皮肉を言った事を後悔した。糠に釘、自覚ないものに何を注意しても意味がない。
そのまま北斗は学校の外へ倒れた不良を跨ぎながら出て行こうとするので、海老杉が眉をあげて止めた。
「藤黄! これから授業だぞ」
「気が変わった。早退する」
「一芸入試と言ってもそれなりに勉強しておいた方がいいぞ」
「黙れ」
ペッと唾を吐いて行った北斗の後に残された不良たちの残骸を、千歳の手下が棒で突いている。
――ドミノやお父さんから聞いていたのに……全然来ないわ。私を狙っているんじゃないの?
次期有望な殺し屋として名のあがるであろう櫃本千歳の芽を摘もうとしていると思い込んでいる千歳は、目を回している竹清からすぐに視線を逸らした。
父や友人から燐灰町に殺し屋が入ったという噂が入ったのはつい最近だ。
こんなのどかな町に殺し屋が仕事をしに来るとは思えない。
――まあ、いいわ。長居するつもりなら必然的に私と会うはず。相手がそれなりの手練れならばすれ違った時に分かる事。
ふ、と髪の毛を整えながら後ろを振り返った。
慌てて着替えた透と煉瓦が慌てて靴を履き替えて外に出ると、そこには死屍累々と不良が転がっていた。
「うわ! なんだこりゃ!」
透が思わず叫ぶと、目の前にサバイバルナイフが飛んできた。見慣れた光景に反射的にそれをよけると、壁にザクッと刺さった。
相変わらず切れ味は抜群だ。
「おはよう。遅刻するなんて不良ね」
「ああ、おはよう櫃本……ってか、ナイフ投げるのやめてくれよ」
「それはできないわ。油断しない様にしてあげてるんだから、褒めてくれてもいいのよ?」
「無茶言うなよお前」
「それより、これから男女合同の長距離マラソン、もちろん逃げないわよね?」
「え?」
「走っている最中でも気を抜かない事ね。首だけ置いて行かれることになるから」
「おい!」
思わず叫ぶと、千歳の手下と共に不良たちを見て回っていた煉瓦が驚いたように声を出した。
「あぁっ! 瑪瑙高校の番長竹清!? なんでこんなところに!?」
「えっ、煉瓦知り合い?」
「知り合いって……! 何言ってんスか! 透さんが倒したんでしょ!」
「えぇ!?」
「瑪瑙高校と言ったら針入高校みたいな不良ばっかりの学校! 県内統一をほぼ王手に差し掛かってる化け物学校ッスよ! それを透さんが『最後の一歩で崩してやろう』とか悪い笑みを浮かべて観光ついでに倒したんじゃないッスか!」
「意外としたたかなのね、新橋透」
「したたかというか非情というか」
 なんて言うべきか迷っていると、透の声をかき消すように、一年生の騒めきに水をかけるように海老杉が手を叩いた。
「さあ、授業が始まる前にこの不良たちを片付けておこう! 先生に迷惑になってしまう!」
頭から出血している海老杉が、一年生をけしかけて不良たちを学校の敷地の外へ運び出し始めた。
二クラス合同だったため、人数はとても多い。すぐに瑪瑙高校の不良たちは山積みになって校門の横に置かれた。
「よし、それじゃあこれで!」
総監督をした海老杉はふらふらと千鳥足で授業が始まった三年の教室に帰って行った。
その道中すれ違う時に海老杉に殺気めいた視線を向けられたが、見なかったことにして煉瓦の影に隠れた。
「そういえば新橋透、ここ最近変な人間を見なかった?」
「変?」
「そう……なんていうか、強そうな人間とか」
「いや、別に……」
――っていうかおまえだろそれ。
「私がいう事じゃないけど……まあ、一目見たらわかるはずよね」
――いや、だからおまえだろ。
「とりあえず夜道、背後には気を付ける事ね」
「まあ、変質者なら男より女を狙うだろうけどな」
「私がいつ背後にいるか分からないわよ」
「お前かよ!」



「そういえば、今日学校の友達に変な人を見なかったかと聞かれました。紫さん知ってます?」
『えー、何それ。変質者って事? うわあ怖いなあ!』
「春になるとそういう輩が出て来るとかいいますし」
『そんなつくし気分で出てこられても困るよねー。周りへの配慮ゼロ!』
変質者の時点で他者を気遣えてはいないのだが、古代は丸文字で紙にぷりぷりとした怒りをぶつけながら、ごそごそと鞄の中からある物を取り出し、またメモに筆を走らせる。
「ところで一体何をしてるんですか?」
『うん、弟子にしたはいいけど、家を治すのに手いっぱいで修行とか全然してなかったからね! はじめるよ!』
段ボールが鞄の傍に蓋をあけておかれている。どうやらずっと探していたらしい。最終的に鞄の中に入っていたようだが、そのベルトのようなものを引きずり出した紫は紙を透に突きつける。
『悪いけど、僕は肉体の強さは必然的についてくるものだと思っているから、特別に鍛えはしない。僕はこれまでずっと喉で戦ってきたからね』
「喉?」
『そう、声だ』
古代は表情を変えないまま、手の中にある黒いベルトのようなもの、チョーカーを取り出し透の首に取り付ける。
透は少し眉を寄せた。
「あの、痛いんですけど」
チョーカーの裏側に小さな棘のようなものがついていた。三角形を描く様に、三つの突起が透の喉仏の周りを押し続ける。
『今まで透君の声を聞いてきたけど、声帯が広いように思える。別にそれはそれでいいんだけど、それは後からなんとでもなる。とりあえず仕込みがしたいんだ』
「というより、声でどうやって強くなるのかっていうのが……カラオケ限定とかならちょっと遠慮したいというか」
『あはは!(笑) 違う違うよ。そのチョーカーは声帯を狭めさせるためにしているんだけど』
古代は口をぽっかりと開けて、冬の日に白くなる息を見るかのようにはーっ、と息を吐いた。
『声帯が広いと声はこんな感じになってしまう、けど』
今度は両手を口の横に添えてふーっ、と息を吐いた。
『こうやって狭めれば息は細く強く出て来るだろう? つまりそういう事なんだよ』
「まあ、ホースより水鉄砲の方が強い、っていう意味なら、分かりますけど……けどその水が大量にないと広いか狭いかなんて意味ないんじゃないですか? 俺の声、そんなジャイアンみたいに強くないですし」
『誰もそのまま強くなるなんて言ってないよ! 声量を強化して声帯をコントロールできれば、声だけで相手を気絶させることも岩を割る事も可能になる! 僕の技術を全て透君に叩きこむからね!』
ぐっ、と親指を立てる古代に、透はチョーカー越しに喉を摩った。
――パンチよりも声……音か……確かにそれなら光もダメージ受けるな……音だから、アイツの腕や足が届く範囲よりも遠くから攻撃すればいいだけの事だし……
透は暫し逡巡して親指を立て返した。
「やりぁっす! お願いしぁっす」
『よし!』
「? あれ、声……」
『ああ、それ大声出せない感じだから、頑張ってね!』
「な、なんですかそれ……」
『普通の声量の二倍くらい叫ばないと大声は出せない。普通の声は出せるようになってるけどね』
「まあ、別に困らないんでいいんですけどね……」
『ふふ、それはどうかな?』
マスクをしていて、ゆっくり深呼吸すれば息を吸えるが、早く呼吸すると苦しくなるアレだろうと適当に納得している透に、古代は更に透にそっとごつい布のマスクをかぶせた。
「……えっ」
『暫くこれをして生活してね! そうだなー、一週間すれば土台はできるかな?』
「ヒュー、ヒュー」
『苦しそうだね? はは!(笑) 大丈夫大丈夫、死んだらそのチョーカーは自動的に外れるようになるから、僕には迷惑かからないよ!』
「な゛っ! ゲホッ! ヒュー」
『あーあー、とりあえず落ち着こう。ラマーズ法を用いよう! 透君! 透君!』
紙を突きつけても蹲った透にはまったく意味がない。古代は慌ててバンバンッと床を叩いてみるように促すが酸欠になり、白目を剥いて気絶してしまい、メモはどうにもならなくなってしまった。











20140401



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