第十三話





櫃本千歳は右を見た。そして次に左を見て、もう一度右を見て、今来た道を振り返り、これから行く道を睨み付ける。
「……これはもしかして……」
眉根を寄せて信じられないというように腕を組んで暫し考えた挙句答えが出た。
「私、迷ってるのかしら」
誰に言うでもなく、住宅地の十字路の中でそう呟く千歳は、最近引っ越してきたばかりで土地勘が鈍い。それも相まって元の方向音痴も顔を覗かせ、千歳をいたずらに透から遠ざけていた。
透が向かった方角を目指したのはいいが、そこから道が入り込んでいてよくわからない事になってしまった。
人に聞こうと思い立った時には通行人は0。千歳は一歩も動かずにうんうんと唸りながら人を待っていたが、まったく訪れる気配はない。
「……とりあえず行こう」
動いていればだれか人と出会うだろうと闇雲に歩き出した途端、人が目の前を横切った。
「あ」
「あ」
お互いに相手に気が付き、思わず声が漏れた。
新橋光だった。
光は思わず足を止めた。変装してから行こうかとも思ったが、なんとなく向こうで隠れて着替えた方がいいかもしれないと思い立ったのだが、運が良かった。
「えっと、櫃本、さん……だよね? こんな所で何してるの?」
「……針入高校に用があって……そっちこそこんな所で何の用が?」
ピシィッと、お互いの間に雷が落ちた。
――この女、本当に邪魔……透だけならまだしもこの私にまでたかろうなんて、新聞で叩き潰してやりたい。
――この子、笑顔と空気感が合ってない……何、この違和感は何なの……。
不気味な沈黙が落ちた時、光がにっこりと無垢な笑顔で光が今来た道を指差した。
「針入高校ならこの道真っ直ぐ行けばつくよ?」
「そうなの? ありがとう、助かったわ」
「ううん、気にしないで。それじゃあこれで」
軽やかに走り去る光を見送った後、千歳も走り出した。こちらが針入高校ならば光が向かうのは正反対の場所。もしかして人質にでもとられていたのだろうか。
――もう一度新橋透が戦うところを見てみたい……
攻略の糸口になるかもしれないと、スピードを上げて走るが針入高校は背後から徐々に遠ざかっていく。
光はあっという間に針入高校の門までたどり着き、中にこっそりと入りこんだ。
堂々と他校の制服を着たまま敷地内を歩きながら携帯を取り出し鳴らす。
「もしもし?」
『今校舎一階の男子トイレに入ってるんだ! 邪魔するな!』
ブツ、と無残に切られた。たとえ演技だと分かってはいるが、少しイラッと来る。
――この分も番長で発散しよう。
携帯を荒々しく閉じ、光は校舎の中に入り込み、堂々と廊下を歩いてトイレを目指した。



「いくら下痢だとか腹痛だとか言ってもね、簡単にトイレになんて連れて行っちゃ駄目でしょう!」
「す、すまない」
「いい? 鉛君は学校外には怖い顔でいてもらいたいの。問答無用の傍若無人でいてもらわなくっちゃ、計画が狂っちゃうでしょ! もう!」
ぷんぷんとお怒りの菫の前に正座する巨体の姿を、不良たちはおどおどした様子で見守っている。
針入高校番長、鉛邦弘は幼馴染の四季菫に頭が上がらないようで、ずっと俯いたままだ。
宝野組、組長宝野椎鈍には一人娘がいた。その娘が鉛邦弘の母、宝野苗だった。
学校でもどこでも、ヤグザの娘という言葉に悩まされ続けて育った苗は、ずっと父親と仲が悪かった。
強面の組員は外に出ると怖がられる存在だというのに、それを統治している父は組員全員が震えるほど恐ろしい人間だった。
いう事を聞かない者にはとりあえずビンタするように池に沈める。裏切った人間は寛容な顔を見せつけるように生かして保護し、身動きのできない状況で目の前で家族に責任を全て負わせる。
敵にはほじくられたくない場所を全てほじくり、穿たれた穴を全て埋めてやり、布団に包んでダイビングを楽しんでもらうという、日本人らしい最上級のおもてなしを披露する。
運動会があってもヤグザの品のないヤジで周りはドン引きし、怖がってしまう。
修学旅行があっても心配した父が手配した強面のボディーガードが付いてきて、周りはドン引きし、怖がってしまう。
友人が出来て家に呼べば、組員全員がお出迎えし、ドン引きし、怖がってしまう。
我慢の限界が来たのは高校生の時だった。苗は意を決して家を出た。宝野椎鈍は血眼になって娘の居場所を探した。娘が失踪して一年後、ようやく探し出した時には安アパートの一室で娘は母になっていた。
家出ついでに駆け落ちしたらしい、しわしわの赤ん坊を抱いた苗を無理矢理椎鈍の元へ連れ戻した。
脱走した泥棒のように父の前に娘が平伏す姿を見下してやろうと意気込んでいた椎鈍だったが、生まれたばかりの孫の姿に驚き仰天し腰を抜かしてしまった。
「何だそれは!」
「私の子供よクソ親父!」
そのまま寝込んだ父に唾を吐き捨てまた安アパートに戻った娘を、今度は椎鈍が自ら出向いた。
その時、誰一人として組員を連れて行かなかった。心配する組員をよそに椎鈍が戻ってきたのは三日後だった。
「組長、いかがでしたか……?」
「……言葉が通じるっつーのは、なんともありがたい事だな……お前等が可愛く見える」
鉛邦弘が生まれて組長は組員に対して優しくなったともっぱらの評判だ。
次期組長の邦弘には組員全員いいイメージを持っている。その事実とは真逆の外に対する残虐性を持っているだろうという、宝野組のDNAへの期待が漏れなくついてきている。
組長を変えてくれた恩義と合わせて、組長のような強くて厳しくて強くて、裏の世界で難なく呼吸できるような人間に育つはずだと盲のように信じ切っている。
菫ははあ、と額に手をあてて溜息を吐いた。
「これは疑似宝野組よ。不良は組員、鉛君は組長!」
「そうはいってもだな菫、俺は将来インストラクターになりたいんだ」
「何がインストラクターよ! そんなのそこらへんの適当な人間にやらせておけばいいの! 組長よ組長! めっちゃくっちゃかっこいいじゃないの。インストラクターも字面はかっこいいけど、組長よりも遥かに下、下の下!」 
身振りを加え、手をリズムをとって下にずらす菫に、鉛は首を傾げる。
「なんでお前はいつもそんなに楽しそうなんだ……」
当人でもない癖にと呟くと、菫はあっけらかんと腰に手をあてて言う。
「幼馴染が組長なんて、将来役に立ちそうだからに決まってるでしょう」
「お前の将来の保険の為に俺は組長にさせられそうになっているのか……」
「よく考えてみてよ鉛君。インストラクターって職業は何をするか大体予想つくじゃない? でも組長は何をしているのかまったく分からないじゃない。わかる?」
菫が急に矛先を近くにいた不良生徒に向けた。ビクッと反応した不良は首を横に振った。
「い、いえ、分からないッス……」
「でしょう? なんとなくわかる仕事より、なんとなく分からない方がずっと燃える!」
「だが、インストラクターも奥が深いぞ」
「たかが知れてるそんなもの!」
ばっさりと一刀両断する菫は指を立てて空を指差し続けた。
「インストラクターはいわば海底! 深く潜れば底がある。組長は宇宙よ! 高く飛んでも天井知らず。好奇心が萎えること無し!」
「またグローバルな事を……」
呆れた様子の鉛が顔に手をあててどんよりと溜息を吐く。身体を動かすことは大好きだが、幼馴染の年下の女の菫と会話をするのは、その何倍も疲れる。
「もう、いいじゃないのよ、組長になったって。仕方ない、なら私がインストラクターになってあげるから、ね?」
「根本的解決になっていない!」
透がトイレに立てこもって20分。不良たちはヤンキー座りで体育館の中待っているが、その間、トップ二人の会話を聞いて身体から力を抜いていた。
「もうあれ、鉛さんのインストラクターみたいなもんだよな」
「次期組長とかやっぱすげーよな。菫さんの気持ちも分からんでもねーぜ俺は」
「俺もなってみてー」
「馬鹿、ろくに喧嘩も強くない奴がなれるかっつーの」
「え? 無理なの?」
「え?」
「だってさ、組長って指示出すイメージしかないけど」
「確かに部下任せな所もあるような……」
「なら菫さんでいいんじゃね?」
「鉛さん完全に見せしめ用だよな」
「あれはなー」
ざわざわと先生が退室した教室のように徐々に煩くなっていく。菫はその中で鉛の傍にしゃがみ込み、こっそりと耳打ちした。
「それに、番長してたら気持ちいいでしょう? 組長はもっと気持ちいいんだよ」
「とはいってもだな」
「それに、せっかく鍛えた体を使わないでどうするのよ? 鉛君喧嘩大好きでしょ? いいじゃない。その延長で組長になって殺し合いくらい」
「お前は小学生から道徳を学びなおした方がいい」
「犯罪で生計を立てる人間なんてごまんといるんだから。そんなに嫌悪しなくても。しかもおじいちゃんがしてるのよ? 受け入れて生きようよ」
「俺は学生時代番長をしていたインストラクターで生きていく」
「頭が固いんだから」
「石頭とはよく言われる」
「そういう意味じゃないから。まあ、でも今回の子は結構いけると思う、んだけど……噂はよく聞いているんだけど……」
はっきりと自分の目で見たわけじゃなく、今回が初めての対面だ。菫は透の印象をとても希薄なものに感じていた。
――噂が独り歩き……にしては歩きすぎよね。
針入以外の学校でも透の名前は轟いている。たまたま勝っていたという可能性は更に薄い。
――けど、あの子が不良と喧嘩する?
どこか違和感を覚えるのは、鉛の頭脳として道筋を示すべき生き方をしようと思ったからなのか。警戒心が異様に高い。
目の前の筋肉達磨は菫のような違和感をこれっぽっちも感じておらず、それよりも正座がきつくなりだし、足が痺れてきたのを気にしている様子だった。
――まあ、どうだろうと関係ないわね。
菫は目を細めて鉛を見下ろす。幼いころから一緒にいる一つ年上の幼馴染は、見事に菫の言う通りに仕上がっている。
――相手は男。だったら簡単に恭順を示すはず。
絶対に負けないと疑うことなく笑みを深くすると、ギギ、と、体育館の扉が開いた。
夕日を背に体育館に入ってくる影は二つあった。一つは堂々と扉を開け、堂々と足を広げて仁王立ちしている。先ほどと違うのは帽子を目深にかぶっている事と、
「……あら?」
菫が眉を顰める。もう一つの影は髪の長い俯いた女の子のもので、もじもじと居心地悪そうにしている。透の付き添いの不良の姿が見当たらない。
やられたのかと想定していた通りになり、菫は舌打ちを押さえる。
「何? もしかしてデートの約束でもしていたのかしら?」
「いや、コイツは双子の妹だ。まあ、こっちにも観客が一人くらいいてもいいだろう」
くい、と親指で指し示す透を見て菫は夕日とは関係なく目を細めた。
――……何? この違和感……さっきよりもさらに濃くなった……。
菫の横にいた鉛が笑みを浮かべて立ち上がる。
「よし、さあやろかおあああ!」
膝を立ててぐっ、と力を入れると、痺れていた足ががくりと力をなくして倒れる。どしゃあっ! と、重々しい筋肉が地面にぶつかる音が体育館に響き渡る。
透、もとい光は帽子の唾を掴み、ちらりと背後にいる光、もとい透に目くばせをした。
トイレに立てこもっていた透の元へ光がドアを蹴り破り、驚く不良をあっけなく殴り倒し、個室でお互いに服を交換し合った。
「何か、お前のスカート伸びてないか? ずれそうなんだけど」
「便器に詰められたくなかったらその口閉じなさい」
そんな会話をした後トイレから出て、体育館に向かいながら透は今までの事を手短に光に話した。
「ふうん、つまりアンタが女に油断したからこうなったと」
「どこをピックアップしてるんだよお前! 三人程いたろ原因!」
「ふん、どうせ三つ編みで眼鏡で大人しそうで、ああ、俺にもこんな普通の子と普通に接することができるなんてとか有頂天だったんでしょ。恥ずかしい」
「ぐっ……」
強く否定もできない透が口ごもる。その前で光は肩を揺らしながら笑った。
「ふふふ……誰でもいいから殴り飛ばしたい気分だったのよ……忍にいいようにしばき回されたから、誰かにやり返さないと気が済まない」
「酷い奴だな……」
「それにしても、番長が直々に相手するなんて……ふふ、うちの番長にビビってるのかしらね。まあ、私としてはラッキーだけど。筋肉達磨の番長さんなら、いいサンドバッグになってくれそうね。」
腕が鳴るわと指を鳴らす光に、透は、はは、と乾いた笑みを漏らす。
「お前が来てくれてよかったよ」
「別に逃げてもいいのよ?」
「いやー、今回は見たいっていうか……」
「ふうん、後払いでいいわよ」
「見物料取る気かよ!」
背中だけでもわかる機嫌のよさに、透はカツラを撫でるように押さえながら見上げる。おそらく気づかれないだろうが、光と透の体格差は殆ど無いが、妹と巨漢が向き合う図は何とも違和感を感じる。
――でも勝つんだろうな。がんばれー光
最近麻痺してきたのか、光が暫く喧嘩をしなくなったためか、透は運動会で頑張る妹を見るように、外野席からプロレス観戦するように透は針入高校の不良と同じく見守っていた。
「自分の喧嘩を見せたいなんて、とんだシスコンね」
髪をかき上げ透の隣に立つ菫は腕を組み、胸を持ち上げるようにして、見下すように微笑む。
――おいおいそんなの光にやったら殺されるぞ
透がいろんな意味でドキドキしながら、菫は透の傍から離れない事を決めたのか、そこから相対する二人を見て続ける。
「ねぇ、この勝負何か賭けない?」
「ごほっ……か、賭け?」
思わず声が漏れそうになったのを咳でごまかし、声を少し高くして返事をした。
バレないだろうかと不安に思ったが、菫は微笑み、挑発するように頷いた。
「そう、貴方のお兄さんが勝つか、うちの鉛君が勝つか。そちらが勝ったら私達、針入高校の不良は新橋透君の傘下に入ってあげる」
――いらねー!
そんな勢力拡大したら嘘をつく相手が増えるだけじゃなく、噂も更に腫れあがる。処方箋で治療できるレベルを超えてしまう。大手術を施して、手足を切り落とす覚悟を決めないと沈静化できなくなる。
「……こ、こっちが勝ったら?」
だがそれは相手が勝ったらの話だ。妹の光が勝てばそれも杞憂に終わるだろう。
声音の調節に苦労しながらも、まるで乗り気でいるように話しかければ菫は更に笑みを深くして答えた。
「私達針入高校の不良が新橋透君の傘下に入ってあげるわ!」
「一緒じゃねーか!」
頭おかしいのかと思わず地声で突っ込んだが、菫は首を傾げただけで大した反応は見せなかった。
ふん、と鼻で笑って髪をかき上げる。
「それは勝ったらの話。こっちが勝ったら、貴方のお兄さんは針入高校へ編入してもらうわ」
「な……そんな勝手な……」
「ふふ、いいじゃない。貴方から言えばきっという事聞いてくれるわよ」
――光が俺で俺が光でもありえない。
透が胸中で突っ込みながらも、面倒な事を言い出す菫を見る。眼鏡を取り、三つ編みも解いた女子生徒は見事にボン、キュ、ボンなスタイルだった。
まるで別人のようだとまじまじと見ていると、鉛と睨み合っていた光がそんな透を目にする。
――ああいやだ、鼻の下伸ばしちゃって。
血縁の男のだらしない姿にげんなりしていると鉛が小さく笑う。
「ふっ、貴様菫が気になるのか……そういえば今朝接触してきたと言っていたな。惚れたのか?」
「は?」
「悪い事は言わん。やめておけ、あの女はとてもがめつい……金ではなく人の人生を貪るような奴だ」
「まるで貪られてるみたいじゃねぇか」
「まあそうだな……貴様と喧嘩するのも、菫の計画で予定で指定だからな。抗う事は出来ん。さあ、尋常に勝負だ」
ぐっ、と腰を落として身構える鉛に、光も同じように腰を落として身構える。鏡のようにポーズを真似した光は、先制を鉛に譲るように攻撃を待った。
鉛はそれに気が付き、息を吸いこんで一気に間合いを詰め、拳を振った。
光の顔面を狙った攻撃を、紙一重で避け光が腕の間を縫うように懐に入った。
とん、と、背中に鉛の分厚い肉体を感じながら、光は腕を振り上げ、振り上げがら空きの横腹に左肘を埋め込んだ。
「っ、ぐ……」
頭上から苦しげな声が漏れるが、光は怪訝そうに眉を顰めた。
一発で終えないだろうとは思っていたが、予想以上に手ごたえが無い。筋肉の壁が尋常ではない程に厚かった。
――この力じゃ届かないのね。
次はもう少し強くしようとのんびりと考えていると、頭上から何かが落ちて来る気配を感じ、顔を上げた。
そこには鉛の憤怒の形相が差し迫っていた。
「うっ」
眉を顰めた光の額に、鉛の鉄のような頭蓋骨がぶつかった。
がぁぁああん、と、鐘を鳴らしたような余韻を感じながら、二人は距離を取った。
「クソ石頭がっ」
思わず毒を吐くと、鉛は脇腹を押さえ、一歩背後へたじろいだ。
鉛は己の肉体に自信を持っていた。菫に幼いころから鍛え上げられ、番長に祭り上げられ、組長になれと命令されながらもこの強靭な肉体を誇りに思い、番長の椅子も心地よかった。
喧嘩は肉体の魅力を最大限に魅せてくれる。
己にもその他大勢にも。
今までの喧嘩相手も、特に恨みも何も無く倒してきたが、鉛には今ふつふつと沸き立つ気配を感じていた。
――この男……簡単に俺にダメージを……!
一瞬ならば痛みを感じることはあった。だが、ずきずきと余韻を残すダメージは初めてだった。
――ここで倒さなければ……
ちらりと菫を見る。こちらを観察するような視線は、幼いころから変わらない。
今、組長になれるかどうか判断している。
今日の結果をもとに、菫はまた組長への道を歩くための別メニューを設けるだろう。肉体が悲鳴をあげるぎりぎりのさじ加減。致死量にあともう少しの崖っぷちの手加減を加える。
――インストラクターになるには、ここで負けるわけにはいかん!
万一の時、四肢の一部が欠損しても組長になるには何の問題もないと菫が判断すれば切り落とされる。
ならば今の現状維持を続けなければ、菫の一歩踏み込んだトレーニングから逃げる術はない。
鉛は恐怖を感じながら光に襲い掛かった。
不意を突かれたように光の顎に鉛の大きな拳がヒットした。
そのまま何度も何度も拳を振り下ろし、光の身体が後ろへ押され、踊るように殴られ続ける。
「ひっ、」
光、と、思わず呟きそうになったのを耐えた。
――あ、アイツがあんなにやられてるなんて……初めて見た。
鉛がパンチをやめると、ノーガードで殴られ続けた光は鼻血が飛び出し、口の中を切っていたらしく血を流していた。
ぽたぽたと体育館の床に落ちる血の音が、不良たちの歓声にかき消された。
「ウオォォォ!」
「さすが番長! やっちまえー!」
「やっぱ大したことねーじゃねーか!」
口笛まで吹きだした外野をよそに、鉛は自信を取り戻したように表情を引き締め、構えなおした。











20140217



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